戦場で散るは漢の誉れなり

一条 飛沫

名誉ある死は漢にとって何者にも変えられない幸福である

 「……ここまでか。残ったのは俺とお前だけ。ここで死ぬのも悪くはないかもな。」


 木にへたり込んだ男はメイン武装であるM4A1を右手だけで持ち、傍らの親友に向けた。前方20メートル。森を抜ければ、彼岸花が咲き乱れる極上の墓場がある。そこで殺してやろうとも思ったが今の彼らからしてみればそれは目が眩むような距離だった。


「馬鹿野郎。俺だけ楽にしてお前はどうするっていうんだ?死ぬ時は一緒だぜ、相棒。」


 その言葉に救われて……いや、救われる余地などないが、それでも男の心は少しだけ楽になった。親友を殺して、汚名を背負ったままではなく、親友と共に潔く死ねる。それだけで男の人生は報われたと言える。


 ある日カッコいい漢に憧れた。だから銃を手に取った。そんな男は戦場で美しい花のように散れるのだ。


「なぁ相棒……」


「なんだ?……おっと、すまないがこのタバコは俺のだぜ。残念ながら最後の一本だ。」


 みれば木に寄りかかる親友はタバコを口に咥えていた。なるほど、最後の一服と言ったところか。どんな味がするものか。きっとココアシガレットと見紛うほどに極上の味なのだろう。


「この箱は置いてくか。墓石代わりになってくれれば最高だ。」


 そう言って親友は空になった箱をポイと捨てた。しかしまるで悪戯好きの子供のような風が吹き抜け、紺碧の木々を揺らし、血赤の海原を揺らし、空の箱が男の足元まで転がった。


「はは、どうやら森はポイ捨てするなと言いたいらしいな。」


「まったくだ。最後くらい見逃してもいいんじゃないのかねぇ。」


 苦渋の表情を浮かべる親友を他所に俺はその箱を拾った。


 酷く静かだった。紺碧の木々が、赤茶の大地が、血赤の海原が鎮まり返り、その最中、遥か彼方の山脈の向こうに沈む陽がその戦場を、彼らの死地を照らしている。朱く、あるいは暗く、黒く染まる。永遠に、そして炎炎と燃える星は僅かな人の生命のように1日の終わりを告げていた。


 子供の頃はそれが帰路に着く合図だった。カラスの鳴き声に背中を押され、朱い地面を鼻腔をくすぐる母の夕食の匂いを頼りに走ったものだ。リコリスが咲く頃には祭典と洒落込んで肉体がボロボロになるまでグラウンドを駆け回った。そんなあまりにもくだらないことばかりが記憶の底から押し寄せる。


 いつか誰かの落涙の、その深淵にわずかな記憶でも残せるなら。それなら男は本望だと立ち上がる。M4A1を景気よく抱え、残った力の半分で立ち上がった。


「さぁ行こうぜ親友。一世一代の馬鹿騒ぎだ。昔やった喧嘩みたいに暴れ回ろうぜ。」


 男は豪語する。その言葉に恐怖はない。


「ああ、そんなこともあったな。そういや、あれは俺の勝ちでいいんだろ?」


 男は豪語する。その言葉に偽りはない。


「バカ言え、あれは絶対俺の勝ちだぜ。」


 今から死ぬと知りながらも、それでも男たちは。否、漢たちは笑顔を溢した。その信念を持つものこそが『漢』だ。そう思ったからこそ、漢たちは陽気に、愉快に、勇敢に、そして大胆に拳を握った。


「よっしゃぁ!!」


 その言葉を合図に漢は走り出した。およそそれが最後の特攻。最後の賭けだ。無論生きて帰るつもりはない。ただ、最後まで笑い、最後まで共に駆けよう。それだけが言葉にせずに交わした約束だった。


 朱い風がまるで漢たちを祝福するかのように背中を押す。子供の頃のようにカラスの鳴き声が聞こえ、まるでそれが懐かしい光景のように思えた。


 銃弾が飛ぶ。


 漢の頬を間一髪で掠め、銃弾の雨が、銃声の発狂が、容赦無く漢たちを正面から襲った。もう脚に力が入らない。そんな中でも漢たちは走った。踏み締める後ろ足で地面を踏み砕く。鋼の精神が、脆弱な肉体が、その弾幕の中を恐れ知らずに突き進んだ。


 そして–––––


 一発の銃弾が左の胸に、漢の魂に、人間の心臓に突き刺さった。なんともあっけない。どうもがいてもその事実は変わらない。だから……そこで漢は終わった。ただ一条の光も見えぬ森の中、血赤の楽園を前にして漢は死に絶える。


 しかし……ならば、最後に一言だけ言わなければいけない。眠る前に、その一言を……













「ヒット!」


–––––––『サバゲークラブ活動日記』––––––

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