流星群を見に行こう
雪村悠佳
流星群を見に行こう
流れ星に向かって3回願い事を唱えると願いが叶う、なんて最初に言い出したのはいつ頃の誰なんだろう。
人並みの女の子程度にはロマンチックな子供だった私も、小さい頃にはそれを信じていて、夜空を見ると流れ星を探したりもしていた。
……が、世の中そんな甘いものじゃない。
だいたい、何も考えずにぼーっと夜空を眺めていても、都合よく流れ星が流れてくれることなんて滅多にない。
ロマンチックに憧れるお年頃だった当時小学1年生だった私は、庭に寝そべって流れ星を探していたらそのまま寝てしまったこともある。布団で寝ていたはずの私がいなくなっていることに気付いた母親は随分と慌てたらしくて、外を探し回った末に庭でぐっすり寝ている私を見つけて、呆れて、次に激怒して叩き起こしたらしい。それはもう、小1だというのに思いっきりグーで殴ったらしい。
あのとき殴ってしまったから私の頭のネジは一本足りないのだと、もう高校生だというのに未だにネタにする。
――という話を帰りの電車の中で今津にしたら、思いっきり笑われた。
「いや、それは青木が悪い」
今津は私が高校に入学した時に近所に越してきた男の子である。同じ高校に合格していたので、高校への行き帰りの電車で会うことも多いわけで、そうなるとまぁ自然とそれなりに話すようになる。見た目は長身で爽やかなんだけど、性格があまり誉めたものではない。
「だいたいその頃から居眠り多かったんだな」
うるさい。
「朝もよくダッシュで飛んでくるし」
べし。取り敢えずひたいにチョップを食らわしてやる。
「デリカシーってものはないんですか」
「まず遅刻寸前で髪の毛振り乱して壮絶な顔をして駆け込んでくるのをやめてからデリカシーを語りましょう」
うるさいうるさい。あと皮肉を言う時だけ敬語になるな。
「だいたい、流れ星を見たいなら流星群でも狙えばいいのに」
「流星群?」
私が訊く。あー、そう言えばネットの動画になんとか流星群ってのがあったような気がする。それしか思いつかないけど。
「たくさんの流れ星が一斉に流れることがあるんです。毎年ある有名なものだと、しぶんぎ座流星群とか、ペルセウス座流星群とか、ふたご座流星群とか」
「ふたご座は分かるしペルセウス座も聞いたことあるけど、しぶんぎ座って何?」
「今はないはず。確かりゅう座の一部」
「……まずしぶんぎって何?」
「測量用の道具だったと思う」
「なにそれ。どういう神話でそんなものが星座になったの?」
「神話とかないんじゃないかな。マイナーな星座って天文学者が勝手に作ったりしてるから」
「星座って勝手に作って良いんだ……。じゃ、私もぎょう座とか作る」
「うわ……」
可哀想なものを見る目で私を見る。
「それは女子高生の言っていいギャグじゃないと思う」
「うるさい」
「はいはい。ぎょう座でもやく座でも好きに探してください」
そう言いながら私から目を離して、スマホをいじり始める。
「やく座もどうかと思いますが」
言ってやったけど無視された。
「あ」
スマホを見ていた今津が声を出した。
「そう言えば今日も流星群の極大日だって」
「きょくだいび?」
「流れ星がいちばん沢山出る日ってこと」
「あ、見たいかも」
「一緒に見に来る?」
「なにそのナンパ。男の子と夜に出かけるなんてそんな破廉恥な女ではありません、私は」
「ふーん。じゃ、どの方向に流れ星が流れるのか自分で探せる?」
「え、空いっぱいを流れまくるんじゃないの?」
「特定の方角だけ」
「むー」
頬を膨らませてみる。こいつの手のひらで遊ばれてるような気分。
「それに、1人で出かけるよりはまだ友達と出かける方が親にも信頼されるんじゃない?」
そう。何だかんだでこうやって真っ当なフォローを入れるあたり、却ってムカつく。
「……じゃ、お願い」
と言うことが昼間あって、今は近所の公園である。
「えっと、あの辺から流れるのかな」
星座早見盤を見ながら、今津が呟いた。懐かしいな。そんなもの持ってる高校生初めて見たぞ。
「え、どのへん」
「ちょうどほら、滑り台からずーっと目線を上に持っていって」
「わからないって……わ、流れた!」
思わず私は声を上げた。大きな光を放って、滑り台の向こうへと星が流れていく。
「わ、私流れ星見たの初めて!」
思わず興奮して声を上げた。
「おめでとう……はまだ言わないよ。もっと大きな流れ星がどんどん流れるから」
空を見上げたまま言う今津の顔は、何故だか普段より数割、いや数倍ぐらいかっこよく見える。
「こう、見やすくしようと思ったら、わざとこの明るい星とかを手で隠してみるんだよ」
そう言いながら星に手をかざしてみせる。私も真似してみると、確かに明るい星が視界に入らなくなった分、暗い星が今までより少し見やすくなったような気がする。
……えっと、あとは流れ星に願いを、だよね。えっと、恋愛もいいけど、まずはお金かな、いや大学合格がいいかな。
と、目の前をピンクの光がさぁっと流れていって。
「えっと、おか……あ」
駄目だこりゃ。待ち構えていないと1回も言えない。
横を見ると、今津が随分と真剣な顔をしていて思わずじーっと見てしまう。と、それを見ていると視界の端で、さらに明るい青色の光が流れた。
「あー、見逃した!」
思わず声を上げると、今津が不意に私の方を見て目が合う。
え。
あ、あれ?
「……あー駄目だ。ごめん」
顔が近づいたかと思うと、私の唇に何か温かいものが触れた。
「え」
小さく呟く。
「……え?」
中くらい。
「え!?」
大声で。
「……迷惑だった?」
何故かいつもより渋い声で。
「な、なにするのよ」
そう言いながら頬が緩むのが止まらない。
後ろで今度は7色の流れ星が虹のように流れた。
「いや、まぁ、迷惑ってことはないけど、えへへ……」
*
「……えへへ」
ベンチで眠りこける青木を、僕は半ば呆れながら見ていた。
「夜更かしのしすぎでいつも居眠りしてるのかと思ったら、青木って昼も夜も弱いんだな……」
せっかく流星群を見に行こうと誘ったのにこのざまだ。
「まぁ、起きててもそんなに見えるわけじゃなかったかな、これ……」
もう少し見えると期待したんだけど、たまにぽつりぽつりと流れる程度で、それも正直あまり明るい流れ星じゃない。
「ま、2人で出かけられただけでも良かったのかな」
幸せそうな寝顔をちらっと見る。この顔を見られただけでも、今日は幸せだったのかもしれない。
「あんな馬鹿話だけでなく、もう少し落ち着いて話せたらなぁ……」
寝顔に向かって呟いてみる。世の中なかなか上手くはいかない。まぁ、ちょっとずつでも仲良くなれたらいいや、と思った。
また、空を見上げる。
もう少ししたら青木を起こして帰らないとなぁ。そう思った僕の目に、大きな光の糸がひときわゆっくりと流れた。今日いちばんの流れ星かもっ。
……?
青木が何か寝言をつぶやいたような気がした。
聞き違い、だよな。きっと。
*
「……だいすき、だいすき、だいすき」
流星群を見に行こう 雪村悠佳 @yukimura_haruka
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