燃える葬列

ぶざますぎる

燃える葬列

 数年前のことだというのに、Aからその話を聞いた時の状況を、おれは仔細に亘って鮮明に記憶している。

 後夜だった。

 おれは深更からAとずっと通話していた。

 通話しながら、私はふと、部屋のカーテンを開けてみたのだった。

 外は囁くように雪が降っていた。窓外の景色は雪に覆われ、町並みも空も真っ白、まるで世界全体が白くなったように感じた。おれは年甲斐もなく雪景色に気分が高揚し、その感動のままを乗せた口吻で、こちらの世界についてAに報せた。

 Aは韓国人で、おれたちはネット上で知り合い、友人となった。彼は人好きのする人物だった。日頃の交流から、彼の優しい気性は十全過ぎるくらいおれに伝わっていた。あの時も、彼はおれの遮二無二な実況を、鷹揚な態度で聞いてくれた。

「雪と言えば」

 彼は言った。

「以前、面白い体験をしてね。君は幽霊話が好きだったろ。多分、楽しんでもらえると思うんだ。君の都合さえよければ話したいんだけど、どうかな」

 ぜひ話してくれと、おれは言った。そう言いながら、私は窓外の雪景色をウットリと眺めていた。


 ――ぼくは雪中キャンプをしていたんだ。いい穴場を知っていてね。リッジをいくつか越えると、殆ど人の来ない場所に着くんだ。真っ白な平面に他人の姿が見当たらないのは解放的で素晴らしいよ。

 水平な風がやさしく雪を舞い上げる。音といえばぼくの鼓動くらい。鼓動に集中しながら、白い息を吐くだろ。すると自分の体が溶けていって、白い世界に混じっていくような心持がするんだ。気持ちいいぜ。

 そうやって法悦としていた時に見たんだよ。燃える人影を。

 一体じゃないぜ、何十人もいるんだ。白い世界で、急に教会の鐘みたいな音が響いてね。そしたら、まるでテレビのチャンネルを切り替えたみたいに、パッと燃える人影が現れたんだ。

 そいつらが綺麗に列をつくってさ、ぼくの前を往くんだよ。のっそのっそと歩くんだ。ぼくは確かにあいつらの足音を聴いた。燃えてるっていうのに熱がる素振りも見せないんだ。表情は見えなかったよ。黒い人影が盛んな炎を纏ってるんだ。

 そんな異常な光景なのに、ぼくはまったく怖くなかったんだよ。

 その時、ぼくは以前テレビで観た廬武鉉の葬列を想起してね。直感だけど、ああ、これは葬列なんだなって思ったよ。ぼくは自分とは無関係な人間の葬式を見ても敬虔な気分になるタイプなんだが、あの燃える葬列を見た際も、自分の信心が刺激されたんだ。

 始まりが突然だったように終わり方も突然だった。

 今度は鐘の音はなかった。そいつらは急にパッと消えたよ。


 Aがおれを楽しませる目的で、優しさからその話をしてくれた時、おれは期待と祈りをカクテルしたような妙な心持になっていた。

 そして、これは望みではなく確信であると思い込もうとした。

 おれは幼少時に父を亡くしていた。父は製鉄所で勤務していた。ある日、父は溶鉱炉に転落した。葬儀に父の遺体はなかった。墓にも、骨は入っていない。父の死は、地元の労災史をまとめた本に記載されている。

 おれは昔から、父が炎の中から呼びかけてくる夢を見ていた。

 父の声はあらゆる優しさの核心のような響きを持っていた。

 父はおれの夢や想像のなかで、炎を纏っていた。

 このタイミングでこの話を聴いたのは偶然なのか。これは天啓なのではないか。もしかしたら、今、雪景色の中へ飛び出せば、おれは炎を纏った父に会えるのではないか。おれは生まれて初めて父の温もりを識ることができるのではないか。

 おれはAに少し待っていてくれと頼んでから、家を飛び出した。

 息を切らせてゼエゼエ、おれは白い世界のなかでキョロキョロと辺りを見渡した。 

 おれはブレイクの詩を、迷子になった子どもが父親を探して泣き叫ぶ様を描写した詩を、頭の中で反響させていた。お父さん、お父さん、どこにいるの?

 おれが歩いてきた所は、すっかり雪が灰色に汚れてしまっていた。

 もう、無駄なことをしているという自覚が芽生えていた。

 それでも、燃える人影を、燃える父を、お父さんを求めて、おれは暫くキョロキョロと、周りを見渡し続けていた。


<了>

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