04.干天の慈雨 豊穣の女神

「あのさぁ、真面目にやってる? お前を信じた僕が馬鹿だったのかなぁ」


 魔王は平身低頭する魔将ズーの方を見もせず剣を弄んでいる。


「ご主人様、お許しを。幾度も仕掛けているのですが…… 奴ら中々にしぶとくて、あと一歩の所で取り逃がすのです」


 ズーの首筋からは大量の汗が噴き出している。


「本当に? 頑張ったふりしてるだけじゃない? お前に任せた西の国はかなり緑が戻ってしまったみたいだけど」


「め、滅相もありません。ぶ、部下達が不甲斐なく大変申し訳ございません。次こそ必ず『セイバー』を仕留めてご覧にいれます」


「そうだね。そろそろ決めないと、お前ヤバいよ。代わりなんて幾らでもいるの知っているでしょ。次こそ『セイバー』の首を持ってきてくれるよね。その次は無い。ちゃんとやってよ。さもないと、ここに転がるのはお前の首だから」


 魔王の手元にあった剣がズーの足元に刺さった。


「必ずや」


 水色の顔をさらに青くしたズーは、最後まで自分の方を見なかった主人に深々と頭を下げて退出していった。


 彼の退いた場所には、黒褐色の羽が幾枚も抜け落ちていた。



∗∗∗



 今までになく濃い魔力の気配に、フレイヤ、イシュタル、バステト、ウカノミタマは素早く反応した。

 

「ズー……。魔将のひとり、ついに出てきたわね」

 

 フレイヤが遙か上空から滑空してくる魔人の群れの中に青い顔に鷲の翼を持つ者を認め呟いた。


 ウィル達の、西王国での旅は佳境に入り、神殿のオーブに光が戻るまであと僅かというところまで来ていた。

 そう、あと一振りで西王国最後のピースが埋まり、待望の雨が降る。

 ウィルは思いを込めて鍬を構えた。

 

 鷲の翼を持った魔人が現れたのはそんな時だった。

 警戒していた乙女たちはすぐさま人の形をとりウィルを護る体制をとった。通常であればウィルが真っ先に狙われるのだが、今回は違った。


「きゃっ」

 

 バステトの悲鳴。

 突風と共に大量の礫が飛んでくる。

 その中には魔力を纏った金属の玉が含まれており、それらが一斉にバステトを襲った。

 

 急所は外しながらも、頬や腕が切れ膝をつくバステト。

 そこへ向けて、ズーは大きく羽ばたき大きな風の刃を放った。

 フレイヤは槍を振り回して、下位の魔人を吹き飛ばしてバステトの元に向かい、三日月形の刃を叩き壊した。

 

 ウカノミタマが飛び回るズーに向けて矢を射掛ける。

 それらを巧みに躱しながら、ズーはもう一度羽ばたいた。

 生み出された刃は再びバステトを狙う。

 

 ズーは攻撃の手を緩めない。

 数多の金属球を巻き込んだ烈風がウィルを襲う。

 イシュタルが素早く反応してウィルの前に出て剣で鉄の雨を弾く。

 

 上空、ズーは光の速さで急降下をはじめた。その身に己の放った鉄球を幾つか浴びても止まらず、赤い手をウィルの首に伸ばした。


 ウィルは衝撃を受けて地面に叩きつけられた。


「イシュタル!」


 ウィルは叫んだ。

 魔人の手がイシュタルの腹を貫いている。

 ズーの動きに気づいたイシュタルは魔人の手がウィルの首に届く前に彼を突き飛ばしていたのだ。

 

 イシュタルの足下に血が滴る。


「ウィル、耕せ!」


 口端から溢れる血を流し、不敵なな笑みを浮かべたイシュタルは、己の腹に刺さった魔人の腕をがっしりと掴んだ。


「…… ウィル、大丈夫よ」

「イシュタルを信じて」

「いけ!」


 フレイヤ、バステト、ウカノミタマが頷く。


乾坤一耕リバイブ・ジ・アース!」


 ウィルは素早く立ち上がり、固い大地に想いを込めて鍬を打ち下ろした。

 

 土の中に眠る力がセイバーの呼びかけに応える。

 広がる緑、大地が息を吹き返す。

 西の神殿のオーブに光が蘇った。


 途端に、稲妻が閃きイシュタルの腹にあった魔人の腕が魔人本体ごと消し飛んだ。

 

 空気がピリピリと震え、分厚い雲が広がる。


 いつもより何処か大人びた表情イシュタルが、ウィルに微笑みかけ、一礼をした後、瞳を閉じて右手を天へ向けた。


 ぽつりぽつり降り始めた待望の雨。

 優しい雨足は、蘇ったばかりの西王国の大地をゆっくりと潤していく。


 

∗∗∗



 西の神殿に挨拶を済ませたウィル達は再び旅を始めた。


「なぁイシュタル、怪我の具合は大丈夫なのか?」


「この通り、ウィルのお陰で全く問題ないな」


(西のオーブが蘇った瞬間、イシュタルの腹の穴が塞がった気がした。そして雰囲気も何やら……)


「あのさ…… 俺っ、いや私は、とんでもない方々と旅をしているのでしょうか?」


「変な口調で喋るのはよしてよ」

「ゾワゾワするよ〜」

「気持ち悪いです」

「何を妄想したのかは知らんが、今まで通りにしろ。鳥肌がたつ」


「 う、じゃあ…… 俺はこれまで通り、パンのために荒地を緑に染めていく。まぁこれからもよろしくな」


「ああ。お前のパンは最高だからな」


 イシュタルはニッと笑顔を見せた。

 それを見たウィルは胸の奥がじわりと熱くなった。


(きっとこれは、パンを褒められて嬉しいんだ)


 ウィルはそう思う事にした。


 青い空、白い雲、淡い緑の平原が広がる。

 ウィル達一行は、南へ向けて歩き始めた。


 「木々は唄い花は笑む」未来はそう遠くはないのかも知れない。


—— 「Be dyed green. 第一章」 完 ——

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Be dyed green. 碧月 葉 @momobeko

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