03.乙女は剣を 俺はパンを

 緩やかに波打つ赤毛、緑色の瞳の戦士は槍を。 

 淡いブロンドのショートヘア、碧い瞳の戦士は剣を。

 艶やかな黒髪を肩のあたりで切り揃えた、金の瞳の戦士は杖を。

 月の光のような銀髪、紫の瞳の戦士は弓を。


 姿形が変わっても、纏う雰囲気に面影がある。


(フレイヤ、イシュタル、バステト、ウカノミタマ⁉︎)


 襲いくる、異形の魔人たち。

 しかし、オーブの乙女が神がかっているのは外見だけでは無かった。


 ウカノミタマが弓を鳴らすと、敵は怯み味方の士気は上がった。

 バステトは杖を回し防御魔法と回復魔法を同時展開させ攻撃に備えた。

 フレイヤが大きな槍を一振りすると数十の魔人が吹き飛び、イシュタルの素早い剣は一瞬で数十の魔人を斬り伏せていく。

 

 ウィルは尻もちついたまま、圧倒的な強さに見惚れた。



∗∗∗



 市場で買った粉、ミルク、バター、家からもってきた酵母。広げた布の上で捏ねて丸めて、しばらく置く。


 火を起こし、炎が収まるのをじっと待つ。

 薪の芯が真っ赤に染まる、程よい熾火。

 拳くらいに丸めた生地を鍋に並べて火にかける。


(小麦…… 高くなっていた)


 ウィルは、パンの焼ける香ばしい匂いを感じながら菫色の空を見上げた。

 

(「緑の手」は怖いくらいに本物だった。そんな手を持つ俺は魔王にとって何よりの脅威らしい。魔人の牙も爪も乙女たちでは無く、俺を狙ったものだった……)


 魔人たちのギラついた目を思い出し、ウィルはぶるりと身を震わせた。 


「美味そうな匂いだな」

 

 獅子の姿に戻ったイシュタルがウィルの隣に座った。


「美味いよ。俺は北王国で2番のパン職人。いずれ師匠を抜いて国で1番美味しいパンを焼く男だ」


「世界が欲しがる力をお前は持っている。何故パン職人に拘るんだ」


「子どもの頃からの夢なんだ」


「変わっているな。子どもの夢といえば騎士や魔法使いじゃないのか」


「イシュタルは恵まれた子どもしか知らないのか? ……俺は10年前の流行り病で家族をすべて失った。金が無くて、食糧が買えなくて…… ごみを漁ったり、時には盗みをして何とか凌いでいた。いつも腹が減って苦しくて辛くて。ある時気づいた。生きようと思うから苦しむんだって」


「それは、いくつの時だ?」


「6つ。まあ、絶望して死に場所を探している時に師匠と出会ってパンを貰ったんだ。それが美味くてさ、本当に涙が出るほど美味しくて……この美味いものをいつか自分の手で作りたいって思った。そんな感じで生き残ったんだ。やっとの思いで師匠の工房へ入れてもらって、漸くこれだというパンが焼けるようになった。だからさ、これまでの俺の苦労も努力もお構いなしで呼び立てて『さあ世界を救え』と当然のように言われても。俺は納得できなかったんだよ」


「視野が狭い奴だな。小麦は大地で栽培する事で手に入る。つまりは大地が育むものだ。お前が持つ緑の手で大地を蘇らせることは夢と繋がるじゃないか」


「その辺が都合良く扱われてる気がするんだよ。俺が飢えて死にそうな時に助けてくれたのは、パンであって王国でも神殿でもない」


「…… そうだなそれはすまない。私の力が足りなくて……。そうだな、国や神殿なんて大したことはできないんだ。ただ…… お前がやる気を出せば、昔のお前のように飢える子どもを救う事が出来る。パンの力も認めるが、緑の手が一斤のパンより多くの者を救う力を宿している事も忘れないでほしい」


「うん、なんだかさ、今日色々あって……それに気づいちまった。過ぎた力だけれど、緑の神様は俺の右手に住んでいる。始まっちまったからにはもうごねたりしない。だから安心してくれ。魔神を封印するまではセイバーとして本気でやるからさ。あ、パン焼けたな。スッゲェ美味しいから食べて驚けよ」


「アチっ」


 熱々のパンに顔を顰めたイシュタルは、獅子の姿を解いた。

 僅かな間、彼女は少女の姿でパンを頬張り目を細めた。

 

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