02.救世主の憂鬱 乙女の真実

(なんだよこれ、どう見ても豚…… 俺は揶揄われているのか?)


 オーブの乙女として入ってきた桃色の生き物を見たウィルは目を擦った。

 状況を把握できないうちに、2人(?)目が入ってきた。

 今度はフサフサのたてがみを持った黄金の獅子だ。

 ウィルが眉を寄せてじっと入り口見つめると、続いて艶やかな白銀の狐と愛らしい漆黒の猫がトコトコと続いて入ってきた。

 豚、獅子、狐、猫に対し、司教はこれでもかというほど頭を下げていた。


「なあ。まさか…… コイツらがオーブの乙女とか言わないよな。これじゃ救済の旅じゃなく、サーカス団の興行だろ。しかもコイツなんかたてがみ付いているし、どこが乙女な訳? フザケるのも大概に……」


 言い終わらないうちに獅子は唸りをあげて牙を剥きウィルに飛びかかった。


「あ〜あ、やっちゃた。ウィル、大丈夫?」


 桃色の豚が心配そうに覗き込んだが、体と一緒に意識も飛んでしまったウィルからは答えは返ってこなかった。



∗∗∗



「バステト、どんな感じ?」


「うん、鼻と顎を骨折だね。前歯も2本無くなっちゃった。後はアバラも数本折れているかなぁ。今、治癒魔法かけるね」


「あらまあ…… もう、イシュタルったら、セイバーを半殺しだなんて。反省してる?」


「私は……こんな冴えない男がセイバーだなんて、嫌だ」


「イシュタル、いつまで引きずるのです。ウィル・マニーは彼の方かのかたではありません…… 彼は500年前に死んでいます」


「ウカ、イシュタルの気持ちも考えてあげてよ。今回のセイバー再臨をいちばん待ち望んでいたのはイシュタルだよ。西は最もマズイ状況だしさ。あの方と似ても似つかないどころか、あんな不躾な態度じゃガッカリもするよ」


「勝手な事を言うな。私は過去なんて気にしていない。コイツがあまりにも頼りないセイバーで心配なだけだ。性根を叩き直してやらんと使い物にならないぞ。こうしている間にも西の大地は砂漠と化していっているのに……」


「イシュタル、分かってるわ。でもね、聖鍬が選んだのはウィルなのよ。私達が出来るのは彼を支える事だけ。突き放しても、状況は良くならないわよ」


「努力する」



(…………)



∗∗∗



 セクシー声のピンクの豚は、北の神殿の乙女「フレイヤ」。

 乱暴な黄金の獅子は、西の神殿の乙女「イシュタル」。

 ウィルの傷を癒した黒猫は、南の神殿の乙女「バステト」。

 そしてツンとすました銀狐は、東の神殿の乙女「ウカノミタマ」。


 そんなオーブの乙女達と共に不承不承出立した「セイバー」ウィル。


 大司教や各国の要人に見送られ華々しく出立した彼らだが、声援に応えた以降は無言で街道を進んだ。

 

「分かれ道だな。ウィル、どこへ行く? 東西南北、どの国へ向かおうか」

 

 ウカが大きな尻尾をふわりと動かした。


「…… 西へ行く」


「西っ⁉︎」


 ウィルの言葉に先頭を行くイシュタルが勢いよく振り返った。

 

「あら、意外ね、貴方の故郷である北の王国かと思ったのに」


 フレイヤはつぶらな目をぱちくりさせた。


「あんた達は俺を馬鹿だと思っているみたいだけれど、馬鹿なりに考えてるんだよ。今大陸で最も荒廃が進んでいるのは西なんだろ?」


「うん、ウィル! 西へ進んで西神殿のオーブを復活させよう。うふふ、いいよねイシュタル」


「ふん。我々はセイバーの進む方へついていくだけだ。さて、この辺りはまだ災いに侵されてはいないようだ。大神殿の加護が薄れる辺りまで走ろうと思うがウィル、どうする?」


「どうするって?」


「ウィルは速く走れないよね。誰かに乗った方が良いと思う…… って実質フレイヤかイシュタルの2択だけど」


 バステトがウィルを見上げた。


「はぁ⁉︎ 俺こう見えても足は速い方だぞ」


「馬鹿が。国を越える程の距離を走り続けられるのか。西に向かうんだろ、私が乗せてやる。ほら乗れ」


 ウィルをひと睨みした後、イシュタルは腰を落とした。

 大神殿から国境までは徒歩で10日以上かかる。流石にその距離は走れないと判断したウィルは、促されるまま金の獅子の背中に跨った。


「感謝している」


 イシュタルは微かな声で告げると、駆け出した。

 

 乙女達の脚は速かった。それこそ風のように。

 大神殿はみるみるうちに遠ざかり、風景も変わっていった。

 西に向かうにつれ木々が減り、大地の劣化が目立つ。



「乾燥しているのか?」


「少し前まで緑豊かだった。魔王の復活以降、熱波に襲われたり、異常に雨が少なく干ばつが起ったりしている……よし、先ずはこの辺りか」


 イシュタルは脚を止め、ウィルを降ろした。


「大地がこんなにひび割れて…… これでは植物が育ちにくいでしょうね」


「出番ですよ」


「さあウィル、腕の見せ所だよ」


 4人の視線が集まり、ウィルは少し不安な顔で背負った鍬を手に取った。

 ウィルの右手が光を帯びる。

 

(蘇れ!)


 乾いた地面に打ち下ろされた鍬は、大地に呼びかけるように光を放つ。鍬は輝き、じわりと光が大地に染み込む。


 土は応えた。

 灰色にひび割れた大地に潤いが戻り、黒い大地が広がっていく。

 薄緑色の芽が生え、それはやがて草原へ。

 見渡す限りの緑が広がった。


「お見事」

「ああ。初鍬にしては悪くない。今は見える範囲だけだが、力をつければもっと広範囲を癒せる」


「けれど、今ので敵に見つかりました。北東から高速で魔人の気配が迫ってきてます」


「承知した」


「て、敵っ⁉︎」


「大丈夫。そのために私達がいるんだから」


「ふふっ、びっくりしちゃダメよ」


 セクシーな豚、フレイヤがパチリとウインクをした。


dimittis.解放


 ウィルを囲むように立ち塞がった乙女達が声を揃えた。

 警告されたにもかかわらず、ウィルは腰を抜かしそうになった。

 それは、目の前に現れた醜悪な魔人の群れのせいではない。

 漸く見慣れた豚、獅子、狐、猫がその姿を一変させていたからだ。

 

 そこには、獣の姿は無く、眩いばかりの美少女4人が、剣や槍、弓を構え魔王の放った刺客を睨み付けていた。

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