01.聖鍬は輝き 主人を選ぶ

「うげっ」

 

 場にそぐわない声をあげた緑髪の少年は、引き攣った表情で固まった。

 先程まで騒がしかった会場はしんと静まり返っている。


 彼の握った聖鍬からは、ゆらゆらと虹色の光が立ち昇っていた。

 その柔らかな光は、ゆっくりと少年の右手を包み込むと最後にエメラルド色に輝き掌に吸い込まれていった。


 歓声が湧いた。


「救世主だ!」

「神は我々を見捨ててはおられなかった!」

「セイバー万歳!」

 

 大陸中の人々が待ち望んだ、救い主の誕生。

 中には感激のあまり涙を流すものさえいる。

 

 500年ぶりに甦った魔王は、配下の魔人を使い災厄を振りまいた。

 干ばつに冷害、異常発生した虫、ハリケーンや火山の噴火が同時多発的に発生し、今大陸は荒廃の一途を辿っている。


 魔王の災いを祓う事ができるのは、『セイバー』。緑の手を持つ救世主のみだという。


 

「最悪…… マジで最悪。だから選定の儀になんか来たくなかったんだよ…… 。畜生…… ひでえ」


 緑髮の少年、ウィル・マニーはブツブツ悪態をついていたが、周囲の歓声に掻き消されてその呟きは誰にも届いてはいない。

 ウィルがピカピカの鍬を放り投げてしまいたい衝動に駆られていると、歓声が徐々におさまり、人の波が割れて道ができた。

 その道の奥から、金糸で縁取られた豪奢な司教冠を被り金の権杖を持った老人がしずしずと、続いて煌びやかな宝石が取り付けられた冠を被った身なりの良い人物が4人、堂々とした足取りでウィルの方へ歩いて来る。


 威厳たっぷりに進む5人に、会場中の人々が頭を下げる。


「大司教と、4大国の王か…… 詰んだな」


 これから自分に降りかかるであろう厄介な運命をはっきりと予感したウィルは、ガックリと肩を落とした。



∗∗∗



「無かった事に出来ませんかね」


「は?」


 重々しい儀式を終え神殿の一室に通されたウィルは、担当らしい若手の司教に声をかけた。

 司教は目を白黒させている。


「家に帰らせて欲しいんです」


「こ、これから一緒に旅をして頂く『オーブの乙女』をご紹介致します……。ご帰宅はそれからでも」


「…… 俺は武器なんて持った事はありません。魔王や魔将と戦うのは無理です。とにかく救世主なんて柄じゃ無いんです。鍬が光ったのは何かの間違いでしょう。鍬はお返しします。どうか別の人を探してください」


「ウィル様、不安なのは分かります。ですが、オーブの乙女は御身を守るために居られるのです。心配の必要はありません」


 気を取り直した司教は、にこやかな表情を浮かべてなんとか取り繕うとしている。

 

(違う、俺は不安になんか思っていない。ここはちゃんと言わないと)


「だから! 『セイバー』なんて。俺はやりたくないんだよ。世界がどうこうなんて興味ねえ。あんたらの上で偉そうにしている奴らがやれば良いだろ。俺は、パン職人だ。小麦をこねて焼いて、美味いパンを作るのが仕事だ。いい加減帰してくれ」


(よしっ、言った)


 司教は今度は明らかに困った顔で言葉を探している。


「とにかく、あんた達の言い分ばかり押し付けないでくれ。俺はな、一市民として心穏やかに過ごしたいんだよ」


 ダメ押しの一言に、司教の顔色は更に悪くなった。


 ガヤガヤと、扉の向こうが騒がしい。


「ふんっ、この馬鹿は自分と世界とは無関係だとでも思っているのか?」

 

 若い女性の怒号が聞こえる。


「イシュタル、あまり怒らないであげてよ、私達と違って彼は、今日話を聞いたばかりだよ。まだ心の準備もなにも出来てないんだよ」


 可愛らしい少女の声がそれを宥める。


「しかし、魔王を倒さぬ限り、誰も心穏やかになど過ごせないというのに……やはり阿呆」

 

 落ち着いた声が呟く。

 

「まぁまぁ、取り敢えず話をしてみましょうよ。誤解もあるかもしれないし。こちらが拒絶しても始まらないでしょ。ねぇ、開けてちょうだーい」


 色香を含んだ明るい声が扉の内側に向かって呼びかけた。


 オーブの乙女、その正体は輝くばかり美しい…… 先程の説明でそう聞かされていたウィルは、冒険に興味は無いものの、伝説級の美少女4人は気になったのだろう。息をつめて入口を見つめていた。


「お、お待たせ致しました」

 

 司祭が恭しく扉を開ける。


「はい、ありがとうね〜」


 朗らかな声を響かせて先頭で入ってきたのは、とても豊満なボディの…… 豚だった。

 

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