第10話 連載版・それでも地球は回ってる
「ぎゃあああぁぁーーーっっ!!」
ゲーム回廊を劈く悲鳴。
誰もが眼を凍らせたまま、溶岩に焼け焦げ溶けていく男性を凝視していた。
プレイヤー達は知らないが、今日はゲーム最終日。
地球の人々が固唾をのむ中で、いきなり起こった惨劇。
何が起きたのか分からず、ゲーム回廊の中は騒然となった。
『なんで.....? おいおい、開幕、運がないにもほどがないか?』
『いまさら、サイを拒絶したわけじゃないよな?』
『.....運がない? .....だけか?』
大きく喉を鳴らしつつも別の誰かがサイを振ったようだ。結果、再び轟く悲痛な叫び。
今度は海の空間。狂暴なサメが三匹同居する、ブラックジョークのような空間に投げ出されてしまった誰かは、瞬く間に肉片と化していく。
海水に混じった夥しい血液。それを信じられない面持ちで見据え、プレイヤー達は戦慄した。
なぜだか分からないが、今日は即死空間に転移してしまうのだと察したからだ。誰もがサイコロを握りしめたまま動けない。
そんなプレイヤー達を愉しげに見つめ、ゲームマスターが揶揄するような声で呟いた。
《振らないのか? 拒否とみて良いのだな?》
さも嬉しそうな低い声。
サイコロを固く握り、正志は奥歯を噛み締める。自分でも驚くほどの怒りが腹の底から沸き上がった。
なんだよっ! 結局は力業かよっ!! どうせサイの出目でも操ってるんだろっ?!
俺らがゲームを放棄するような動きを始めたから.....っ!!
俺が悪かったのか? 俺が勝ち筋なんかを見つけたから..... 皆を唆したから.....
今にも泣きそうなほど、くしゃりと顔を歪め、正志はどうすれば良いのか分からない。
.....と、ザックを両手で握りしめていた正志の耳に、懐かしい音がした。
カサっと聞こえる、紙独特の音。懐かしいというほど前でもないのに、なぜか心に沁みた不思議。
しかしそこで、再び少年の眼が見開く。
これだっ!!
「チケットだっ!! みんなチケットを買ってくれっ!!」
叫びながら、件のチケットを振り回す正志。
それを見て、知る者は即座にチケットを購入し、知らぬ者にも誰かがチケットを買い与える。
正志の考えに賛同せず、好戦的だったプレイヤーの殆どはチケットの存在を知らないからだ。そんな人々の元へと跳んだプレイヤーらが、チケットの説明をする。
物品のトレードは可能なのだ。あとは足りないだろうポイントを稼がせようと、正志は手持ちのアイテムを全て石板に売り払ってみせた。
それを見た者らがまた、それに気付き、知らぬ者へ説明する。
どうしてもポイントが足りなさげな者には、余裕ある者がアイテムを与え、石板に売り払わせて稼がせた。
それもこれも、今まで正志が教えてきたから。自分が手に入れたアイテムをチャグに渡して売り払わせ、ポイントを稼がせる方法を見たダニーが、他のプレイヤーにも教えてきたから。
阿吽の呼吸のように動き出したプレイヤー達。誰も出し惜しみなどしない。
あらかたチケットが行き渡った頃、プレイヤー達が真剣な面持ちで正志を凝視する。
彼等は知っている。少年が見つけたこのゲームの勝ち筋を、秘匿もせずに周りのプレイヤー達へ教えてくれたことも。
言葉が通じなくても諦めず、多くのプレイヤーに襲われながらも、食糧などの物品を配り、細々助けてきてくれたことを。
それが無くば、今頃、このゲーム回廊は血の海だった。殺し、殺され、人としての矜持を失い、誰もがケダモノに変貌していただろう。
だから、彼等に正志を疑う選択肢はない。あれだけ必死なのだ。きっと何かある。
そう物語るプレイヤー達を見渡し、正志はサイを投げた。
ひっと息を呑み、驚愕に眼を見開く周囲のプレイヤー。
百聞は一見に如かずだ。元々言葉の壁は高い。やって見せた方が早かろう。
そうしてサイを振った正志が転移したのは溶岩の空間。初日に起きた惨劇の場所。即死空間に落ちていく少年を見て、絶叫を上げる周りの人々。
だが、正志は怯まず叫んだ。
「『ルン』っ!!」
.....と。
当然、溶岩に呑み込まれることもなく、彼は別の空間へ移動する。
唖然と事を傍観していた人々に、正志は両手で大きくサムズアップして叫んだ。
「OKっっ?!」
一瞬の間をおいて、怒涛の歓声が上がる。
OK!!っと眼を煌めかせて、サイを振りつつ、次々転移していくプレイヤー達。
『ほんと、君って奴は.....』
はにかむような笑みを浮かべながらサイを振るダニー。
『.....馬鹿だったな、俺は』
複雑な心境でサイを振る白人男性。彼は前にハルバートで正志を殺そうとした男だ。
身なりの良い子供だと思った。きっと恐怖で心休まらぬ生活なのだろうと。だから見逃してやった。
たが、少年は多額のポイントを所持しており、彼は混乱したのだ。
ゲームポイントを得るには、運良く何かがある空間へ転移するか、他のプレイヤーを倒すしかない。
だから、この少年がおぞましい化け物に見えた。一体何人殺したのかと。
か弱く見える子供。その見てくれを利用して、よほど狡猾に大人らを騙したのだろうと。
このままでは自分が殺される。切実にそう感じた。逃げられたことに憤慨すらした。
だがその後、彼は別の者から不可思議なチケットの事を伝えられる。
ゲームポイントを消費して転移出来るチケットの話を。しかも、転移した先には必ず換金出来るアイテムがあり、暮らすに困らなくなると。
正直、眉唾だと彼は思ったが、物は試しだとチケットを購入し転移してみたところ、それは現実となった。
これで生き残れる。心から神に感謝した彼の脳裏に、ふと妙な既視感が過る。
そして愕然とした。
前に自分が殺そうとした東洋人の少年。その子供が伝えようとしていたことと同じではないか。
チケット。ワープ。それに必要な一万ポイント。
全てが、あの時の少年が伝えてきたことと一致する。
『俺は.....っ!』
気づいた真実に顔を強ばらせ、己の浅慮を呪った彼。
『謝罪せねば..... させてくれるだろうか』
チケットで転移した白人男性は、跳びはねて喜ぶ正志を、切なげに眺めていた。
悲喜交々を織り交ぜ、殆どの人々がサイを振り終わった頃。
ゲーム回廊の空が割れ、数人の巨大な人間が顔を出した。
まるで壺の中でも覗き込むかのように上半身だけが見える。
思わぬ光景を、あんぐりと口を開けて見上げるプレイヤー達。
《この結果は予想していなんだな。まず、勝ち筋の存在が明らかにされるとは思わなかった。しかも、あんな序盤に》
はっとプレイヤー達が正志を見る。
その通りだ。この少年が、あの勝ち筋であるチケットを見つけ、周りに周知してくれねば、今の状況を打破も出来なかった。
《完敗だ。約束なので、今回は見逃そう。次を楽しみにしておるよ》
そういうと空の亀裂が閉じ、呆けたままな正志が空から顔を下げた時、そこは拐われた街中だった。
雑踏が横切り、車の騒音が耳を擽る。
.....帰って.....きた?
眼を見開いて辺りを見渡す正志。それに気づいた誰かが大きく声を上げる。
「おい、あんたっ! 配信の高校生じゃねーかっ?!」
一瞬、水に打たれたかのような静寂が周りを満たしたが、次の瞬間、雄叫びを上げるように人々が絶叫した。
「頑張ったなぁ、おまえーっ!!」
「すごいよ、よくやってくれたっ!」
駆け寄る男性を皮切りに、次々と囲む人々でもみくちゃにされる正史。
まるで英雄のように歓呼で迎えられ、侵略者のゲームを打ち勝ち、地球を救った彼は一躍時の人となった。
そして詳しく調べたところ、死んだと判断されたプレイヤーも実は生きて地球に戻されていたと判明し、思わず破顔する正史。
一方的な侵略は終わり、彼等は約束を守ったようで、気づけば大空を塞いでいた宇宙船も消えていた。
いきなり訪れた人類存亡の危機は、こうして大団円で幕を閉じたのである。
世界中で繰り広げられる歓喜の様子を見ながら、侵略者どもは、うっそりと嗤っていた。
《今回は滅ぼせませなんだな》
《存外、手強い。ソドムやノアの時のようにはいかぬか。まだまだ人間も見捨てたモノではないかもしれん》
侵略者の皮をかぶり、人類に終末を迎えさせるためゲームで遊んでいた神々達。
もちろんパンドラよろしく、一縷の希望は隠していた。
だがその勝ち筋に気づける者がいようとは。
そう。神々の仕掛けた、このゲーム唯一の生存方法は、戦わずに《逃げる》である。
チケットの存在に気付き、逃げ回れば必ず生き延びられる仕様になっていた。最後の審判である煉獄の空間に投げ込まれても、チケットがあれば抜け出せる。
けっこうガチで殺しにかかっていたのに、少し裏切られた気持ちの神々達。
もちろん、良い意味で。
こうして聖書に記された終末を無意識に撃退し、人類は再び神の赦しを得た。
神々の掌を駆け回り、今日も地球は元気です。
~後書き~
はい、お粗末様でした。ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
続編の予定はありませんが、同級生の和ちゃんや、親しくなったプレイヤー達とか、消化不良な部分を気まぐれにエピソードとするかもしれません。そんなとこですかね。
ネタバレになるんで却下されたサブタイトル、~暇をもて余した神々の遊び~、これにて完結。
また別な作品で御会い出来る幸運を願って。さらばです♪
By. 美袋和仁。
逃げの一手で生き残る! ~チケット縛りの無理ゲー~ 美袋和仁 @minagi8823
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