第9話 連載版・一時の憩い


「もう二十五日か..... 早いな」


 水辺で手帳を広げ、正志は今までの出来事を事細かに記していく。

 雲間から現れた巨大な手に捕まり、異空間へ放り投げられたことから、侵略者を名乗る者達がデス・ゲーム開催を宣言されたりと、その日にあったことを詳細に書き留めた彼の手帳。

 幸いというか、午前中の殺伐とした双六以外、余りある時間をもて余していた正志。

 その無為に過ぎていく時間を文芸部よろしく、彼は執筆にあてていた。

 そんな正志の手帳を覗き込み、一人の少年が奇声を上げる。


『日本語って難しいねー、なに、これ? 暗号みたい』


「こーら、悪戯すんな、チャグ」


 水を跳ねさせながら、正志は褐色の肌の少年から手帳を奪い返した。

 この少年の名前はチャグ。フィリピン生まれで、正志から食糧のザックをもらっていた少年だ。

 

「日本語は暗号みたいで難しいってさ」


「あ~、ね~。確かに」


 ダニーと笑いながら、正志は水辺から深みへと潜る。

 ここは湖を切り取ったような空間。三分の二が水で残りが草原っぽい土地。これを見て始めに彼が思ったのは、身体を洗えるという切実な欲求だった。


「ぅあ~、さっぱりする。水で洗うだけでも全然違うよね」


「まぁね。俺たちなんかは、汗が拭えれば十分だけど。日本人は清潔に拘るからなぁ」


『チャグはお風呂嫌よ? 熱すぎて。国でも水あびだけよ?』


 ダニーの通訳を介しつつ、三人は穏やかに寛いでいた。


「そんなに熱いの? フィリピンの風呂って」


 見当外れな正志の微笑ましい疑問に、ダニーは眼を和らげて笑う。


「そうじゃないんだ。慣れてないだけでね。マッシーが温く感じるような熱さでも、彼等には熱く感じるんだよ、体感の差さ」


 たとえば、体温にしてもアメリカ人のダニーと正志では1~2度ほども違う。平熱がだ。


 え? そんなに変わるの? 2度違ったら三十八度越えでしょ? 日本なら病院案件だよ?


 思わず眼を見張る少年。


「そのあたり、俺らなら微熱だね。しばらく様子見だよ。そんな感じで体感温度に、かなりの差があるのさ」


「なるほど」


 敵対するはずのプレイヤーらが談笑するなんとも長閑な光景。こんな穏やかな時間を持ちつつ、ゲーム回廊で現状維持をするプレイヤー達。

 誰だって殺しあいなんてしたくはない。他に道があるなら、そちらを選ぶ。

 まあ、中には家族がいる、祖国に帰りたい、返してくれと泣き叫ぶ者らもいたが、皆で協議した結果、暴れる彼等は放置するという結論に達した。


『お前らが何したってゲームは終わらないからな? プレイヤーの過半数以上が、こっちについた。幾らでも人間を襲って傷つけるが良いさ。ゲームが終わったあと、その良心の呵責に耐えられるんならな。もし、皆でゲームから解放された時、お前のやらかしは白日のもととなるんだからな』


 ダニーの容赦ない言葉。


 ここでまた、我を失っていた者も正気に返り、それでもという強情な無頼漢どもは放置された。

 彼等はチケットのことを知らない。サイを振って移動すれば、そこから動けないため安全だ。

 正志に共感してくれた人々は、全てチケットを所持し安穏なゲームライフを送っている。


 .....長かった。ここまで来るのに二十日以上。言葉の通じたダニーや、通じなくとも理解し、協力してくれた人々に感謝である。


 あとは、ただ待つのみ。


 地球ではどうなっているのだろう。あの冷酷そうな侵略者らに蹂躙されてはおるまいか。

 そんな状態だったら、正志らを助けるどころではあるまい。

 一人神妙な面持ちで思案する文学少年。


 そんな彼は、今、世界中から英雄として讃えられていた。


 


『なんということか。このままいけば、地球は救われる』


『あの少年に心からの感謝を..... よくぞ勝ち筋を見つけてくれた』


『みんな帰ってこれるのね? あと数日よ。あああ、本当に良かったわ』


 そういった喜色満面な人々がいる一方、深い陰りを落とす者もいる。


『.....人間を殺してしまうなんて。あの人は、二度と外を歩けないだろうな』


『なんてことをしてくれたのっ! 貴方のおかげで、私達は後ろ指を指されているというのに、まだ続けるのっ?!』


 悲痛に泣き崩れる人々。


 世界は残酷だ。ゲームが配信されているとも知らず、傍若無人な行動を起こした者らの家族や知り合いは、現実世界で責め苛まれていた。

 彼等が悪いわけではない。しかし、被害者側の家族にしたら、他に怒りの矛先を向けられる場所がないのだろう。


『私の息子を返してっ! 返してよぅぅぅっ!!』


『状況が状況だ..... 仕方なかった部分もある。けれど..... 俺は、貴方の夫を許さない』


 この世の終わりのように泣き崩れる人々。


 そんな悲喜交々も知らず、正志は水からあがり、タオルを広げて寛いでいた。真っ裸で。


「こんな時にしか味わえないよなぁ、こんな解放感」


「俺の国でもヌーディストビーチが槍玉にあげられたりしてるしな。こういうチャンスは滅多にない」


『チャグはいつも海を泳ぐ時、裸よ? みんな、そうよ?』


 暢気に真っ裸で日光浴をする三人。


 それを生温かな眼差しで世界が見ているとも知らずに。




「~~~~っっ!!」


 顔を真っ赤にしつつも、画面にチラチラ視線を走らせる和。


 .....ああなってるんだ、男の子って。いやっ! 違うのっ! 興味があるわけじゃっ!! なにやってんのよ、もうっ! 馬鹿じゃないのっ、正志っ!!


 あわあわと、誰にしているのか分からない言い訳を頭に乱舞させる可愛い女子高生。


 それぞれが、それぞれの思惑を巡らせるなか、刻々と近づいてくるゲーム終了日。

 誰もが予測出来なかった嵐が吹き荒れる日を、今か今かと待ちわびる侵略者達。


《正志なぁ。想定外だったわ》


 人間とは面倒を嫌う生き物だ。だから、わざと分厚いカタログを創った。メインになるような便利用品や武具などを中央に配し、プレイヤーらが早々に満足するような創りにしておいたのに。

 正志は満足しなかった。カタログを隅から隅からまで確認して、侵略者らが用意していた一縷の希望を見つけてしまった。

 侵略者らは世界構築のプロだ。四面楚歌で袋小路なゲームを造りはしない。どんな過酷な世界にも、必ずクリア出来る道筋を混ぜてある。

 パンドラの匣よろしく、最後の希望を序盤で掴みとった正志に、侵略者どもは興味津々だった。


 最後の日を迎えた時、少年はどうするだろうか。


 抑え切れぬ興奮で舌舐めずりする侵略者らの好奇の眼差しも知らず、今日も元気に異空間を飛び回る正志だった。

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