第4話素直に鍛錬に行かせてくれるのか?
何故か五人の美少女を引き連れたまま、リバード王国王城内を歩く。行き先は決まっている。
一応、俺は女騎士のクリスティナと同様、リバード王国騎士団に籍を置いている。
といっても特務騎士という立場であり、どこかの部隊に所属しているワケではない。
騎士としての恩恵だけを受けれて後は自由に動けるという高待遇だ。
前世では大学生で命を落とした俺だが、こんな自由が与えられる職場はなかなかないことくらいは知っている。
もっとも、その分、勇者として魔物退治などの役目は果たさなければならないのだが。
特にやることのない今はクリスティナと共に騎士団の朝礼と鍛錬に出ようと思っていた。
「フランチェスカも一緒に来るんだ」
「そりゃあ、ね。私の国の騎士団の様子くらい私が見ないと」
それは王女である彼女にとっては筋の通った理由に思えるが、その青い瞳が俺を捉えて離さないのが気になる。だから、俺なんかに好意を寄せるのはやめてくれって。
「一緒に鍛錬できますね。強くなるために励みましょう、イクス」
クリスティナが笑みと共に言う。こればかりは二心はない、はずだ。
俺もクリスティナも無辜の民を守ろうと思う心は同じなのだから。
「聖女として国を守る者たちを見守るのも役目です」
「教会に怒られない?」
「……その時は、その時です」
しれっと言ってのけるしたたかな聖女ブリカリア。
王女様に加えて、聖女様の目があれば騎士団の面々も張り切って訓練するだろうけど。
「わたしは興味本位!」
「ボクも興味本位!」
「そこ。せめて言い訳とか体裁くらい用意していようね……」
元気いっぱいに笑う猫耳娘アスとエルフの魔女エルフェールに俺は思わず突っ込みを入れてしまう。
せめて何か理由をつけようよ。
「理由ならあるよ」
「何、エルフェール」
「イクスが剣を振るっているところを見たい。決まってるじゃない!」
にっこり笑ってエルフェールが告げる。嘘を言わない純心さは美点だが、あまりに本音をさらけ出し過ぎるのもどうだろうか。
「じゃあ、わたしもそれと同じ理由で!」
アスも頷き、エルフェールと共に笑う。
……結局、全員付いて来るってことか。騎士の訓練なんか見ていて面白いものではないと思うんだけどな。
(でも、やっぱりハーレムだけは御免なんだって……)
今更何を、と思われるかもしれないが、これは前世の教訓だ。命を犠牲にして得た教訓だ。
この五人はそれぞれの仲も悪くはないように見えるので前世のような修羅場は起こらないのかもしれない。しかし、女性とは恋する男を前にした時には予想もつかない行動を取るものだ。
恋は盲目とも言う。何が起こるか分かったものではなく、俺はなるべくその可能性を回避したい。
「っていうかフランチェスカ。アスやエルフェールが自由に城内を歩き回っても平気なの?」
「イクスの側室でしょう? 問題はないわ」
「いや、側室じゃない」
当たり前のように言われた単語を即座に否定する。いつ俺は側室を取った。
「えー、側室~?」
「側室はやだ~」
案の定、アスとエルフェールが抗議の声を唱える。そうだろう。俺なんかの側室なんて……。
「わたしが正室だよー、お兄ちゃんの」
「何言っているの、アス。イクスの正室はボクだよ」
……そっちでしたか。
自分こそが俺の正室と主張するアスとイクスであるが、そこに納得いかないと声が入り込む。
「聞き捨てならないわね」
「そうですね」
「ええ」
フランチェスカ、クリスティナ、ブリカイアだ。
王女、騎士、聖女。この三人がジッとアスとエルフェールを睨み据える。
「私がイクスの正室に決まっているでしょう」
「何を言っているのですか、王女様。正室は私です」
「王女様もクリスティナも世迷言を。正室は当然、聖女たるこの私、ブリカイアです」
自分が正室と主張する女性三人追加ー。
あれ、この場って既にもう修羅場なんじゃない?
(殺されるのは、嫌だ。殺されるのは、嫌だ)
前世の嫌な思い出を、いや、最期を思い出し、俺は内心震える。女性陣は睨み合い、一歩も譲ろうとしない。
「さて、急がないと騎士団の訓練に遅刻するな」
俺はサッと身を退き、この場から退避を試みる。
「待ちなさい、イクス」
が、それをフランチェスカが止める。穏やかに言っているようでその語気は強い。思わず俺の足も止まる。
「ク、クリスティナも行かないと遅刻すると怒られるぞ」
「クリスティナも大丈夫よ。私はここの王女なんだから事情があったって説明してあげる」
「そんなところで権力乱用しなくても……」
説明すると言っているが、どう説明すると言うのだろう? どんな事情だと言えば騎士団長を納得させられるのだろう?
「クリスティナはそれでいいの?」
「鍛錬に遅刻は厳禁ですが、今回ばかりは譲れないところです。仕方がありません」
譲れないのか……。
ますます前世での俺の最期、女性たちの修羅場を思い出し、身震いする。まずい。今世での俺の寿命。すぐそばに迫っているのではないだろうか?
「ま、まぁまぁ、みんな、落ち着いて……」
俺はこの場を収めようと声を出す。とりあえず全員の興奮を冷ますのが先決だ。誰かが暴れ出したりしたらその刃が俺に向かないとも限らないし、みんなが傷付くなんて事態も避けたい。
「これもお兄ちゃんが誰が本命かを決めてないからだよ!」
「そうですね。勇者イクス」
アスとブリカリアにそんな言葉と共に視線を送られる。
「はっきりさせようか」
「いいですね」
エルフェールとクリスティナまでそんなことを言う。
「ふふ、面白いわね」
フランチェスカが腕を組んで不敵に笑う。自分以外が選ばれるはずがないという絶対の自信が感じ取れる。
だが、それはフランチェスカ以外の四人全員が纏っている自信だ。
この状況で誰か一人を選んだりすればどうなるか。
その先の事態を想像し、俺は青ざめる。
「あの、みんな正室とか言うけどさ。まだ俺たちは若いし、そういうのは早いと思うんだ」
俺はなんとか言葉を紡ぐ。すぐに爆発しそうな爆弾の解体処理をしている気分であった。
「これから俺たちは絆を深めて、その上で決めるってのでいいんじゃないかな? まだ俺たちには早いよ。正室とか側室とか。夫とか妻とか。結婚とか」
心の赴くままに説得したつもりだ。決して、この場を逃れようという気持ちだけで言ったものではない。
俺の言葉にみんなはシン、と静まり返る。やはり、ダメか……?
全員の視線が俺に集まる。ゴクリ、と喉を鳴らす俺。ここから、どうなる……。修羅場からのバッドエンドルートか……。それとも……。
「ま、まぁ、イクスの言うことも一理あるかもね……」
最初にフランチェスカが人差し指を自身のあごに当てながら呟いた。
「私たちは少し焦っていたのかもしれませんね」
「そうですね。最終的に結果が出るのですから今決める必要はないです」
クリスティナとブリカリアもそう言う。
「お兄ちゃんを好きなのはみんな一緒だからな」
「そこから誰を選ぶか。まぁ、まだボクたちには早いかもね」
アスもエルフェールも頷き、納得を示す。
ど、どうやら、修羅場はすんでのところで回避できたようだ。俺は胸を撫で下ろす。
「ですが、今から騎士団の訓練を一緒に受けるのは私ですね」
「え? あ、ああ、そうだな。クリスティナ」
そこで不意にクリスティナが笑みを浮かべる。他の面々がムッとした顔になる。
「クリスティナ……騎士であるのをいいことに……」
「羨ましいなぁ。わたしも騎士になろうかなぁ」
フランチェスカが露骨にクリスティナを睨み、アスがとんでもないことを言い出す。獣人の娘が人間の国で騎士になるなど前代未聞だ。
それをこの世界で過ごしてきた年月の中で身に着けた常識で俺は知っている。
この国、リバード王国は獣人への差別や偏見の少ない国とはいえ、王国の騎士にまでなった者は流石にいない。
「ま、まぁ、俺は騎士団の訓練に行くから……」
「ええ。行きましょう。イクス」
四人の不満の目に見送られ、俺はクリスティナと共に騎士団の訓練場になっている王城内の修練場に向けて歩き出すのだった。
何か不穏な予感を感じつつ……。
というかこの五人はどうしてここまで俺に付き纏うのだろうか。
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