第2話修羅場の気配

 ハーレムだけはごめんだ。絶対に勘弁してくれ。

 そう毎晩、寝る前に思いながら眠りに就くのだが、残念なことに今の俺の願いを神が叶えてくれることはないようだ。


 その証拠に朝、窓から差し込む陽光と小鳥のさえずりに目を覚ますとベッドの中に自分以外の人間の感触を感じる。


 間近にいる。体温が密に伝わって来る。肌のぬくもり。人のぬくもり。吐息さえもすぐそばに。


 俺はベッドの上で仰向けに天井を見上げながら、俺の体をベッドのようにして上に寝ているそいつに言ってやる。


「……なにしているんだ。エルフェール」

「あはは、おはよう。イクス」


 その小柄な体躯。甘ったるい高い声。絹糸のような金色の髪。そして、悪戯っぽい顔は間違いなくエルフェールであった。


 長命なエルフの中でも特に若さを保っている魔女であるエルフェール。

 見かけの年齢は人間でいえば10歳前後に見えるが、実際の年齢はどれくらいかは分からない。それを訊ねることも修羅場になりそうな気がするのでとてもできない。


「どーしたの、ボクに見とれてる?」

「なわけあるか、馬鹿。とっとと離れろ」

「そんなこと言って。こうしてボクとくっついていたい癖に」

「いたくない。重い。どけ」

「あーっ、レディに対して重いなんてひっどーい」


 お前が本当にレディと呼べる年齢ならな、と俺は胸中で呟く。と、言うか。


「鍵かけていたのにどうやって入ってきたんだ」


 俺の家はリバード王国王都の一角にある。

 勇者候補として王城内で英才教育を受けて育った俺だが勇者になった今は城の外に住んでいる。


 国王は引き続き、王城内に住むように言ってくれているのだが、それは諸々の事情で辞退し、城下に家を構えている。


 鍵をかけずに眠るなどそんな不用心をしているはずはないのだが。


「鍵なんてボクの魔法にかかればコロッといちころだよ」

「……だろうな」


 普通の鍵くらいこの魔女の前では意味のないことなのだ。

 ならばこちらも魔法の鍵で対抗といきたいが、やはりこの魔女の卓越した魔法の腕前を前にしてはどこまで抵抗できるか疑問が残る。


「とりあえずどけ」

「えー、もっとイクスの体を堪能していたい~」

「誤解されるようなことを……」


 そんな言い合いを俺とエルフェールがしていると、


「イクス。おはよう。今日もいい天気……ね」


 声。俺がそちらに目を向けるとこのリバード王国王女フランチェスカの姿。

 ベッドで俺とエルフェールが一緒に寝ているところを見て、硬直してしまっている。


「ち、違うぞ、フランチェスカ。これはだな」

「あはは♪ フラン、おはよう~」


 しばらくそのまま硬直していたフランチェスカだったがすぐに怒気を露わにこちらにやってきた。


「何をやっているのよ!」

「俺は何もやってない!」

「何ってイクスと一緒に寝てただけだけど?」

「イクス!」

「冤罪だ!」


 フランチェスカは俺を睨み、そう怒鳴るが、言った通り、完全な冤罪だ。

 だからハーレムなんて嫌だと言うのだ……。


 なんとかエルフェールをベッドから追い出し、俺もベッドから出る。

 外に出て井戸の水で顔を洗って家の中に戻るとまだフランチェスカとエルフェールはいた。


「あの……」

「なにかしら?」

「何?」

「……着替えたいんだけど」


 今の俺の服は簡素な寝間着。普段着に着替えたいのであるが。


「どうぞ」

「ボクたちに遠慮なく」

「こっちが遠慮するんだ!」


 思わず叫んでしまった。この二人はどうしてこう……。男の着替えを見ることに抵抗がないのか。


「お前らも年頃の乙女なんだからなぁ、男の着替えなんか見るもんじゃない!」

「別に私たちは殿方全ての着替えを見たいワケじゃないわよ」

「そうだよ。ボクたちはイクスの着替えを見たいんだよ!」


 ワケが分からん。俺の着替えにそんな価値があるのか。いや、ない。全くない。


「お前らに見られると俺が困る!」

「なんでよ?」

「どうして?」


 こっちの台詞だ。なんでよ。どうして。

 お前らは俺の着替えを見て困らないんだ。


「とにかく着替えるからとっとと出ていけー!」

「きゃあ」

「うわー、イクス横暴だー!」


 横暴なのはどっちだ、と思いながらも二人を家から閉め出し、さっさと着替えることにする。また入ってこられたら堪らない。

 だから、ハーレムなんて嫌だと言うのだ。


「……全く」


 さっさと着替え終わり、準備を整える。

 俺は今の立場は一応、リバード王国の王城務めになっているから登城しないといけないのだ。

 家から外に出ると、


「あ、お兄ちゃん。おはよう」

「おはようございます、イクス」


 女の子が二人増えていた。

 猫耳少女のアスと聖女のブリカリアだ。

 なんだって……。


 いやエルフのエルフェールはともかく王女のフランチェスカが朝にこんな所にいるのも問題だが、聖女のブリカリアもいるのはさらに問題だろう。


 教会での朝の儀式とかいいのだろうか?

 そう思っているとさらに一人。


「イクス。迎えにきました」


 女騎士のクリスティナまでやって来る。なんなんだ、一体。


「お前ら、朝っぱらから俺の家の前になんて集まって何しているんだ!?」

「それは勿論」

「イクスの顔を見るために決まってるじゃない」


 フランチェスカとエルフェールが笑顔で答える。

 他の面々の顔も見るが、異論はないようだった。残念なことに。


(ハーレムはごめんだ……)


 もう前世のようなあんな修羅場はたくさんなんだ。


 女の子同士で揉めに揉めて、殺されるなんて事態は遠慮極まる。

 俺は五人の女の子たちを放置して、王城への道を歩き出そうとした。


「あ、お兄ちゃん。わたしたちを置いていくなんて酷いぞ!」

「イクス。王城に行くのですか?」


 まずはアスとブリガリアが背中に声をかけて追いすがる。


「では、私も一緒に」

「私も王城に戻らなければいけません」


 クリスティナとフランチェスカも続く。

 騎士と王女のこの二人は王城にいる方が正しい。こんな朝っぱらから俺の家まで来ている方がおかしいのであるが。


「ボクも一緒に行くかな」


 何故、そういう話になる。

 エルフェールはそう言うと俺の隣に並び、共に歩き出す。


「お前ら……俺はこれから一応、お勤めにいくんだ」

「そんなこと知ってるよ、お兄ちゃん」

「知っているなら遠慮してくれ……」


 元気に笑うアスに思わず苦言が漏れるが、アスは全く気にした様子はない。


「そうよ、アス。私とイクスはリバード王国に仕えているんだから」


 クリスティナがここぞとばかりに自分は俺に近い立場なんだぞ、ということを強調する。しかし、そうは問屋が卸さないとばかりにフランチェスカも口を開く。


「そうね。イクスはわたしの臣下。わたしに仕えている身だわ」


 それを言われては騎士であるクリスティナもフランチェスカに言い返せない。彼女もまたフランチェスカに仕える身であるからだ。


「難しいことは置いておいて、とにかくボクたちはイクスと一緒ってことで!」


 何もかも全てをなかったことにするかのようにエルフェールがそう言い放ったことで状況はますます混乱してくる。


「では、本日は聖教会からイクスを呼び出しましょうか」


 ここでまた職権乱用する聖女ブリカリア。


「……どういう理由で?」

「私がイクスと談笑したいからです」


 そんな理由で聖女の勅令が出されていては教会も堪らないだろう。


「それならこっちも王女としての考えがあるわ」

「ちょっと待て! フランチェスカ」


 お前まで何を言い出す気だ。こんなところでリバード王国内での王室と教会の対立なんて始まったら大問題だぞ。


 今日も早速、修羅場の気配だ。

 だから、ハーレムだけは勘弁願いたいというのだ。

 俺はそう思いつつ王城に登城しようとした。どうせついてくるんだろうけど、頼むから王城で騒ぎはやめてくれよ……。

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