第3話正室と側室と胸の大きいと小さい
やっぱり、五人は王城まで付いて来た。
王女であるフランチェスカや王城に勤務する騎士のクリスティナはともかく、聖女のブリカリアや獣人のアス、エルフの魔女のエルフェールはどうやって城に入るつもりなのだろうか。
その疑問はすぐに氷塊した。
「ああ。勇者イクス様とその奥方様たちですね。どうぞ」
門番の兵士は王女のフランチェスカと騎士のクリスティナ以外の三人がいても気にすることはなく、王城の門を開く。
おい、奥方様たち、ってなんだ。奥方様たち、って。
「ふふ、悪くない響きですね。奥方というのは」
なんかブリカリアが微笑んでいる。貞操観念はそれでいいのか、聖女。
「あはは! わたしたちがお兄ちゃんの奥さんか!」
「『たち』というのがボクにとっては不満だねー。誰が正室扱いされているんだろう」
無邪気に笑うアスと企むように不敵に笑うエルフェール。
いつの間にこいつらが俺の妻になったんだ。ハーレムは勘弁だと言っているだろう。ってか王女のフランチェスカまでそういう扱いでいいのか。
「お前らは俺の妻なんかじゃねえ……」
「酷いですね、イクス」
「そうね。貴方の正室は私だけど、他の子にも温情を分けてあげたら?」
俺の言葉にクリスティナがムッとして言い、フランチェスカが勝者の笑みを浮かべて言う。
何故、正室がフランチェスカということになっているんだ? いや、全員、俺の妻にした覚えなどないのだが。
「お前ら俺の仕事場にまで付いて来る気か……」
「お兄ちゃんの仕事って訓練でしょ?」
「それなら見学しています。イクスの姿を見れているだけで嬉しいので」
俺が苦言を言うも全く気にした様子はなくアスとブリカリアが笑う。
確かに勇者である俺の仕事は自らの戦闘技術を高めるための鍛錬であるのだが、見物していてもあまり面白いものでもないと思うんだけどなぁ。
「イクスの相手は私が務めます」
騎士のクリスティナが嬉しそうに言う。この面子は全員それなりに戦えるが、剣をもって俺と打ち合えるのはクリスティナだけであろう。
それが嬉しいのか、誇らしげに胸を張って言い放つ。別に俺なんかと一緒に鍛錬しても喜ばしいことではないと思うんだけどな。
「むぅ、クリスティナ。貴方、胸が大きいだけじゃなく、態度も大きいわね」
「な! 何を言うのですか、王女様!」
そんなクリスティナにジト目を向けたフランチェスカ。クリスティナは真っ赤になって声を荒げた。確かに彼女の胸は平均サイズよりやや、いや、かなり大きめであるが。
「イクスも胸を見ないでください!」
「み、見てない!」
見てたけど。
それを肯定しては俺が助兵衛ということになってしまい、さらにいじられることが分かっていたので否定させてもらう。
「むー、お兄ちゃんはおっぱい大きい女の子が好み?」
「ボクたちとしてはそれだと困っちゃうね」
そう言う、小柄な少女二人。アスとエルフェール。
胸は大きいか小さいかで訊かれればそれは大きい方がいいが……俺はロリコンではない。
「まぁ、女性の魅力として分かりやすいところではありますが、それはあくまで上っ面だけの話です」
と、同じく胸のサイズが控え目なブリカリアも言う。苦し紛れの負け惜しみにも聞こえるが、指摘はしないでおこう。
「そうね。クリスティナの胸は上っ面だけのものよ!」
「何を変なことを言うんですか、王女様!」
ワケの分からないことを言い出したフランチェスカにクリスティナが顔を真っ赤にしたまま抗議する。俺も何か変なことを言い出していると思う。
そう言うフランチェスカもここにいる面子ではクリスティナの次に大きな胸をしているのであるが。
「……確かに女の子の魅力は胸だけじゃないとは思うけど……」
そんな時、俺は不用意な一言を言ってしまった。やば、と思ったが、既に時遅し。
「だよね! イクス!」
「そうだよ、お兄ちゃん! わたしたちみたいなおっぱいくらいが丁度いいよね!」
お胸がツルペタのエルフェールとアスが二人して俺に群がって来る。ブリカリアも悪からぬ表情だ。
「ふふ、勇者イクスはやはり物事の真贋を見極める目を持っています」
「私の胸は贋作なんですか、聖女様……」
ブリカリアの言葉にクリスティナが困った顔で訊ねるが、ブリカリアは微笑むだけだった。胸に真贋も何もないだろうとは俺も思うのだが。
「イクス……貴方は胸の小さい子の方が好みなのですか?」
「それは聞き捨てならないわね」
クリスティナとフランチェスカが二人して俺に問うて来る。胸の大きい組だ。ってかフランチェスカもさっきまではクリスティナの胸の大きさを見て、
女は胸だけじゃない、みたいなこと言っていた癖になんだこの手のひら返しは。
「胸は大きくはできても大きくなったのを小さくするのは難しいからね……どうしようかしら」
フランチェスカさん。仮にも一国の王女様がそんなことを真剣に悩まないでください。
「わたしたちは大きくするためにがんばらないとな!」
「ボクも頑張るよ」
「私も……」
アス、エルウェール、それに聖女のブリカリアまでそんなこと言い出さないでくれ、と俺は嘆きたくなる。
何故、胸の大きい小さいでここまで意地を張った話になるんだ。女性にとってはそれだけ重要なことなのか。そうなのか。
「別に俺は胸が大きくても小さくても気にしないけど……」
思わず呟いてしまった一言。それに女性陣は全員反応した。
「それは聞き捨てならないわね」
「イクス。貴方はひどいことを言いました」
「お兄ちゃん……」
「我々の努力を無駄と言ったも同然ですよ、その言葉」
「ボクもひどいと思うな」
な、何……何なの? 俺、そんなにひどいこと言った?
「い、いや、胸に関係なく、みんな可愛いし……」
続いて言ったその言葉に再び女性陣が黙り込む。ま、また、何かやばいこと言ったか? 俺?
「……むぅ」
「……悔しいですが、嬉しいです」
「お兄ちゃん……」
「これは効きますね……」
「うーん。きゅんときちゃった」
何だかよく分からないが、今回は地雷を踏んだワケではないらしい。
とにかくハーレムというヤツはこれだから勘弁願いたいと言うのだ。
今はまだ微笑ましい口喧嘩にとどまっているが、いつ刃傷沙汰になるか知れたものではない。前世でもそうだった。ふとした切っ掛けでいきなりあんなことになってしまったのだから。
あれの再現だけはごめんだ。もう俺は刺し殺されたくはない。
せっかくこの異世界でそれなりに成功できているのだから、死にたくはないのだ。
思えば前世のあの経験があって今、何故、こんな風に五人の女性に好かれているのかと自分の学ばなさを嘆きたくなるが、仕えた王国の王女に気に入られたり、一緒に鍛錬した女騎士だったり、功績を挙げたのを褒められた聖女だったり、任務中に出会った獣人だったり、エルフの魔女だったり、善意で行動している内にこうなってしまったのだ。
(人が好いってのも時には考えものかなぁ)
そんなことまで思ってしまう。善意で行った行動の全てが正しいとは限らない、と俺に似合わない哲学的なことを考えてしまう。
「何、むずかしい顔しているの、お兄ちゃん?」
気付けばアスが俺のそばに来て、俺を見上げていた。距離が近い……。
「いや、少し哲学的なことを……」
「テツガクテキ?」
「深いですね、イクス」
不思議そうに首を傾げるアスにブリカリアが呟く。
「貴方にそんなのは似合わないわよ。もっと本能で生きるべきよ」
フランチェスカはそんな言いようだったが。
本能で生きた結果が前世の悲惨な最期なのだから、あまりその意見には賛同できない。
正室と側室。複数人の妻を娶るなんて絶対にごめんだ。絶対に修羅場に繋がる。
なんとしてもそれだけは避けたいと思う俺であるが、こいつら……どこまで俺に付いてくる気だろうか?
これから騎士団の修練場に赴き、鍛錬をしたいのだが、五人の美少女が(騎士のクリスティナはともかく)いる中で鍛錬をする羽目になるのか、俺は。
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