第7話クリスティナのアピール(鍛錬)


「では、イクス。まずは私から相手になります」


 模擬戦の相手として最初に名乗り出たのは騎士クリスティナであった。

 妥当なところ……なんだろうか。


「ふーんだ。正妻面しちゃって」

「ずるい」

「だ、誰も正妻なんて思ってません!」


 そこにエルフェールとアスが茶々を入れて、クリスティナの顔が赤くなる。

 これは正妻とかそんなのは関係ないだろ。ないよな?


「まぁ、いいや。最終的にはボクたち全員、イクスと戦うことになるんだし」


 したり顔でエルフェールは笑う。

 俺と戦うのがそんなに嬉しいのだろうか。

 彼女らが普通の人より余程、戦えるのは知っているが、それにしたってそこまで戦いを好む性格には思えないのだが。


「そうだな! お兄ちゃんと遊べるのはわたしも嬉しい」

「いや、アス。遊びじゃないからね……?」


 喜色満面で言い放ったアスに俺は苦言を呈する。

 遊び半分で模擬戦をするつもりなのか。それならちゃんと注意しなければならない。

 模擬戦とはいえ、どんな事故が起こるか知れたものではないのだ。お遊びの気持ちで挑むのは厳禁だ。


「分かっている。お兄ちゃん」

「まずはクリスティナのお手並み拝見といきましょうか」

「ホントに分かっているのか……?」


 二人の小柄な少女の笑みに不安を覚えつつもとりあえずクリスティナと打ち合うことにする。

 女性陣の中で誰か一人を贔屓にするワケではないが、剣を武器とするクリスティナとの模擬戦が一番、自分の剣の腕を磨くには丁度いいのは事実だ。

 勿論、実戦では相手が剣を持った者ばかりとは限らないのでアスやエルフェールとの模擬戦も大いに意味がある。

 刃を丸めた訓練用の剣を持って、クリスティナと向き合う。

 お互い軽装で鎧は着けていない。斬れない剣とはいえ、直撃を喰らえば骨が折れる可能性もある。

 回復魔法を使えばいいのだが、そうならないに越したことはないし、仮にも俺はこのリバード王国で勇者の称号を持つ者。訓練中に不覚を取って大怪我、などという事態になっては格好が付かない。

 別に女の子たちの前でいい格好したいというワケではないのだが。


「では、いきますよ、イクス。私の剣技で貴方のハートをつかみます」

「おう。どっからでも来い」


 ハートをつかむ、ってことは殺す気で来るってことだよな。面白い。それくらいの意気込みじゃないと。

 お互いに構える。先手はクリスティナに譲った。

 慢心ではなく、剣の腕前は俺の方が上という自負がある。クリスティナの鍛錬になるように初撃は譲る。

 両手で剣を構えたクリスティナは綺麗なフォームで斬撃を繰り出してくる。彼女の生真面目な性格が表れているかのようだ。

 一直線にこちらの脳天を狙ってきた斬撃をこちらも剣で受け止める。

 衝撃が剣越しにジンジンと両腕に伝わって来る。なかなかの剛剣。しかし、それでへばるほどこっちも甘い鍛え方はしていない。


「なかなかやるな」

「ありがとうございます」


 クリスティナが剣を引く。その隙に反撃を繰り出す。

 横払いに剣を右から左に薙ぐ。素早く剣を手元に戻したクリスティナはそれを自身の剣で受け止める。

 こちらの攻撃も見事に防がれる。やはり単なる美少女ではない。クリスティナは。


「やはりやるな」


 思わず称賛の言葉が漏れる。


「むー、お兄ちゃんとクリスティナ。なんかいい感じ」

「ボクたちという者がありながら」


 外野、うるさい。

 ボクたちという者がありながら、ってどういう意味だ……?


「それが私の狙い通りなんですよ!」


 などと考えていたら危うくクリスティナの突きを腹でまともに受けかけた。慌てて体を右に飛ばし、すんでのところで回避する。危ない危ない。

 何か変なことをクリスティナが言っていた気がするが。


「イクスにいいところを見せないと……! 正妻戦争に勝てないんです!」


 そんな時、クリスティナの声が響く。何か分からないことを言ったが、その後、クリスティナが猛進してくる。

 彼女らしからぬ単調な剣筋を回避する。


(なんで焦ってるんだ?)


 その攻撃から焦りを感じた俺は不思議に思うが、クリスティナの隙を見逃しはしない。

 カウンター気味に剣を繰り出し、クリスティナの首を叩いた。


「あぅ!」


 堪らず、クリスティナが声を上げる。


「これが実戦ならクリスティナは首を斬られて、おしまい、ね」


 エルフェールが呟く。その通りだろう。模擬戦としては勝負が付いたカタチだ。


「私の負け、ですか……」


 気落ちした様子のクリスティナ。フォローするべく俺は声をかける。


「いや、いい剣だった。俺も危ないところだったよ」

「いえ……未熟でした。流石ですね、イクス。対戦ありがとうございました。ですが、うう……一の矢が、私に魅了させる作戦が……」

「? ま、まぁ、手合わせありがとう」


 何を言っているのかよくわからなかったが、こうして日々の鍛錬を積み重ねることで勇者としてこの国を守る力が養われる。神から与えられたギフトに甘んじるワケにはいかない。努力も積んでいかないと。


「クリスティナの負けね」

「じゃあ、次はわたしたちの番だな!」

「アピールチャンスね」

「ああ!」


 エルフェールとアスが待っていましたとばかりに言う。

 やはり二人もよくわからないことを言った。

 こちらもクリスティナとの試合で多少は疲労を覚えていたが、そんなことを言っても通らなさそうな雰囲気だ。

 まぁ、三人相手にしても構わないと言ったのは俺だしな。今、そこに文句は言うまい。


「どっちから来るんだ?」

「勿論、ボク」

「ううん、わたし」


 エルフェールとアスの主張が食い違う。先に戦うのはどちらかと訊いたのでお互いに自分を主張する望みは叶わない。


「どっちかにしてくれ」

「それならエルフェール。わたしが先に戦うぞ」

「何を言うの、アス。ボクが先に決まっているよ。イクスと戦うなんてこんな楽しい機会を先には譲れないわ」

「わたしも譲る気はないぞ」


 睨み合い、視線をぶつけ合わせて火花を散らすアスとエルフェール。

 おいおい、やめろって。修羅場は勘弁なんだって。こんな模擬戦なんかでそんなにマジになられても困る。

 女の子同士が対立する構図は前世の俺の最期とダブって恐怖心が湧いてしまう。

 怒った女の子はドラゴンより恐いのだ。


「じゃあ、じゃんけんで」

「望むところだ!」


 エルフェールの提案にアスは乗る。その結果、エルフェールが先に戦うことになったようだ。


「ふふ……」

「く、くそぉ!」


 本気で嬉しそうなエルフェールと本気で悔しがるアス。

 俺なんかとの模擬戦でそんなに一喜一憂しなくても。大したもんじゃないぞ。自分で言うのもなんだが。


「じゃあ、イクス。ボクは魔法をどかどか使うから」

「遠慮なし、か」

「して欲しい?」

「いや、構わない」


 それくらいじゃないと模擬戦の意味はない。

 エルフェールは卓越したエルフの魔女だが、それだけに鍛錬の相手としては申し分ない。


「じゃ、この訓練場吹っ飛ばすくらいの勢いで」

「それは勘弁してくれ」


 俺が補修するワケじゃないが、訓練場が吹っ飛ばされると多くのこの国の騎士たちが困る。

 とはいえ、それくらいの威力はある魔法が使えるのがエルフェールだ。これまで数多の戦いで仲間として頼りにさせてもらっていた。


「加減はするから安心して」


 どこまで本気か分からなくなってくる小悪魔のような笑み。

 外見は幼いが年はそれなりに重ねているエルフの魔女。加減は分かっている、よな?


「よし。それじゃあ、やろう」

「お兄ちゃんとはわたしが先に戦いたかったな」


 外野のアスの不満そうな声を聞きながら、俺はエルフェールと向かい合う。

 そして誰が告げることもなく模擬戦の幕が上がる。


「じゃ、初歩的なところからいくわね。ファイア・ボール」


 無数の火球を生み出して飛ばす初級魔法を唱えるエルフェール。

 初級魔法とはいえ、エルフェールほどの腕前の魔法使いが使うのであれば威力は高い。油断などできない。


「はああっ!」


 俺は剣を振るってそれらを斬り落とす。

 炎の球は空中ではじけ飛び、拡散して消えた。


「流石のお手並み」


 くすり、と笑うエルフェール。


「ボクの相手として不足ないね」

「そりゃどうも」

「女の子に手をつけまくっているだけのことはあるね」

「それは否定したい……」


 その間にも俺は床を蹴り、エルフェールに踏み込もうとする。

 相手の武器は魔法。こっちの武器は剣。

 ならばこちらが得意とするレンジに持ち込もうとするのは当然である。

 エルフェールは不敵な笑みを浮かべてそんな俺を迎撃するべく手を前にかざすのであった。

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