竹取物語 最後のかぐや

浦科 希穂

竹取物語 最後のかぐや

 ある者は私を悪女と言った。

 また、ある者は私を美女とうたった。

 また、ある者は私をいとしの我が子とでた。

 竹より生まれでた私は何者か。

 さあ、とくとご覧あれ。

 我が名は〈かぐや〉

 この物語を終わらせる為、再びこの世に舞い戻った罪負いの使者なり。





 一度目、私が最後に送った〈不死の薬〉はみかどの体を不死にした。

 すると、おきなおうなは殺された。

 何ゆえか、帝は言った。

「知り過ぎたのだ」と。

 二度目、私は翁と媼に〈不死の薬〉を送った。

 しかし、翁と媼は殺された。

 何ゆえか、帝は言った。

「その薬は、本来我が物であった」と。

 三度目、私は〈不死の薬〉を誰にも送らなかった。

 それでも、翁と媼は殺された。

 何ゆえか、帝は言った。

「必ずや、何処かに隠し持っているはずだ」と。

 そうして、私の願う結末を探す物語が始まった。

 しかし、結末は全て同じであった。

 幾度となく繰り返した私の修正は帝の前では意味を成さず、必ず翁と媼は殺された。

 ならば、と思った。

 ならばもう、こうするより他になし。


――私は今日、帝に輿入こしいれする。


 ゆっくりと小刻みに揺れ動く小さな輿の中で、かぐやは外から聞こえてくる祝福と興奮の入り混じった多くの声を聞きながら、静かに目を閉じて座っていた。

 帝の住まう屋敷へと続く道中は、かぐやの輿入れ行列を一目見ようと集まった村人たちの活気で賑わっていた。

 かぐやが帝に輿入れするという噂は瞬く間に村人たちの間で広がり、人が人を呼んだ。

 どんな貴族の求婚にも応じなかったかぐやが、ようやくその首を縦に振ったのだ。

 村人たちの好奇の眼差しが一斉にかぐやに集まるのも無理もないことだった。

 やがて、その賑わいも遠ざかっていき、ゆっくりと輿を降ろされた感覚でようやく帝の住まう屋敷に到着したことが分かった。

 正面のすだれが上がったと同時に、紅梅の強い香りがふわりと輿の中に滑り込んできた。

 雪が溶け、立春を僅かに過ぎた辺りのうららかな日差しを受けて、梅が見頃を迎えている。

 かぐやは小さくすそを持ち上げながら地面に降り立つと、目の前に現れた大きな屋敷を仰ぎ見た。

 今日の為にと送られた純白の衣装がずしりと身体にのしかかり、まるでかぐやを捕える小さな檻のように思えた。

 門をくぐり、屋敷の中心へと続く敷石しきいしの上を暫く進むと、立派な寝殿しんでんが姿を現した。

 大きな庭池を抱くようにして造られた寝殿造りの豪壮な屋敷は、ここが帝の住まう土地であることを大いに物語っている。

 白い砂砂利すなじゃりの敷き詰められた地面には緋毛氈ひもうせんが敷かれ、かぐやをいざなうように寝殿のきざはしへと伸びている。

 その上を一歩、また一歩と進むたびに、確実に帝へと近づいていく。

 きざはしのぼひさしに足を踏み入れた途端、最も貴重な香木こうぼくの香りがかぐやを出迎えた。

 匂いさえも帝を思わせる。

 かぐやは敷居のすぐそばに膝をつき床畳に両手をつくと、深々と頭を下げた。

「かぐやでございます」

「ようやく、其方そなたに会えたな」

 奥の玉座にゆったりと背を預けて座っていた帝が、少し身を起こして嬉しそうに言った。

 顔は上げなかった。黙って帝の次の言葉を待つ。

「たいそう似合っておる。やはり其方は美しい」

 純白のまとったかぐやを見て帝は満足そうに笑った。

「けれども、私は貴方様の欲する〈不死の薬〉を持っておりません」

 もう、こうして帝に直接話をする他、手が無かったのだ。

 しかし、帝は顔をしかめながら僅かに首を傾けた。

われは〈不死の薬〉など欲しておらん」

 かぐやはぐっと眉根を寄せた。

「ならば、なぜ……」

 喉が絞まって次の言葉が紡げなかった。

 ならばなぜ、翁と媼は殺されなければならなかったのだ。

 幾度となく行った私の修正をことごとく無きものにし、あれだけ執着していた〈不死の薬〉を欲していないとなると、ますますこの帝の考えが分からない。

 かぐやは床畳を睨みつけながら奥歯を噛んだ。

 一方、帝は黙ってしまったかぐやを暫く不思議そうに眺めていたが、やがて、はたと気付いたように言った。

「ああ、翁と媼を殺せば、またお前に会えると知れたからだ」

 かぐやは弾かれたように顔を上げた。

 悠然と玉座に身を沈める帝を映すかぐやの目が徐々に見開かれていく。

 そして、かぐやは悟った。

 ああ、私は二つの罪を犯したのだ、と。

(何故気が付かなかった……)

 一つ、一度目に〈不死の薬〉を帝に送ってしまったこと。

 二つ、帝がこいねがったものは〈不死の薬〉ではなく〈かぐや〉そのものであったこと。

 これまで繰り返した私の苦労は、なんとお門違いなことだったのだろう。

 何度も何度も突き付けられた翁と媼の死は、私が……私が招いていたというのか。

 突如突き付けられた真実に、ぐらりと崩れゆく感覚が全身を襲う。

 そして、目の前の景色がゆっくりと閉じていくようにかげにじんでいく。

 しかし、そんな中でこうも思った。――ならば、終わらせられる、と。

 かぐやは目を閉じると静かに息を吐いた。

「貴方はずっとこの世におられたのですね……」

「いかにも、そして我が願いはついに叶った」

 ぎしりと玉座の前の床畳が軋み、静かな寝殿に衣擦きぬずれの音だけが響く。

 帝はかぐやの前に腰を下ろすと、恍惚こうこつな表情を浮かべながらゆっくりとかぐやの手を撫でた。

「我が愛しのかぐや、ようやく其方が手に入る」

 しかし、かぐやは帝の手に答えることなく、静かに口を開いた。

「私の全てをお捧げいたします。しかし、その前に一つだけ私の願いを聞き入れてはいただけませんか?」

「よかろう、其方の願いを一つ叶えてやる。何でも申してみよ」

 帝は声を弾ませながら、身を乗り出してかぐやに問うた。

 すると、かぐやは笑みを浮かべて顔を上げた。

「では、この国中の竹を全て取ってくださいな」

 帝は突拍子もないかぐやの願いに、面食らったように眉をひそめた。

 しかし、暫く考え込んだのち、はっと目を見開いて叫んだ。

「それでは、もうお前に会えぬではないか!」

 かぐやは狼狽うろたえる帝を見つめながらくすくすと笑った。

「ええ、ええ。私の願いを一つ叶えてくださるのでしょう?」

 小首をかしげて、試すように小さく眉を上げてみせる。

「男に二言はありますまい。それに、帝であらせられる貴方様が、一度交わした約束をたがえるなどと仰らないで」

 かぐやはゆったりと微笑みながら、するりと帝の頬を撫でた。

 帝の身体がびくりと震えた。

 それは、こいねがった女からの初めての接触ゆえか、はたまた、目の前にある氷のような微笑ゆえか。



 そうして、陰暦十五の満月の晩、帝とかぐやは竹林たけばやしの前にいた。

 目の前では、帝の従者たちが月の光に照らされながら一本、また一本と竹を根から掘り起こしている。

 帝は惜しむように隣のかぐやを見て言った。

「我ならば必ずや五種の宝物ほうもつも其方にくれてやるぞ、どうだ?」

 かぐやはくすりと笑った。

「幕が下りるこの時に、どうして珍しき宝物など欲しましょうか」

 取られゆく竹を見つめながら小さくそう呟くと、かぐやは満足そうな笑みを浮かべて、ふわりと煙のように姿を消した。

 夜空に浮ぶ満月がほんの僅かに瞬いた瞬間の出来事であった。


 こうして、長きに渡ったかぐやの罪はようやくここに幕を閉じたのであった。

 これにて、かぐやの〈物語〉はしまいにそうろう

 めでたし、めでたし。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

竹取物語 最後のかぐや 浦科 希穂 @urashina-kiho

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ