後編

 私と祖父はござが敷かれた夜の野っ原で、隣り合わせに座っていた。


 すると、どこからともなく、が何匹も出てきた。

 白ぶち猫、黒猫、キジトラ猫、茶トラ猫、サビ猫、ブチ猫、三毛猫…………。

 種類も豊富な猫たちが、楽しそうに私と祖父の周囲をぐるぐると踊っていく。


 私は猫を見かけたら必ずといっていいほど、「猫ちゃ~ん。おいで~」なんて甘ったるい声を出して呼びかけるものだが、そんなことをしようと思えないほど、異質な空間だった。


 これは、夢だ。

 そうでなければ、躍りまわる猫たちの尻尾が、になっているなんてあり得ない。

 アンとウミのように一本の尻尾が引き裂かれたものではなく、ちゃんとお尻から二本生えているのだ。

 尻尾を複数持つ猫は『猫又』と呼ばれ、妖力を持つという。あの安倍晴明の母も、九尾の狐だったというではないか。尻尾を複数持つとは、それほど特別なことのだ。


 そういえばと、『猫神さま』を調べる中で、全国各地に猫踊りの伝承が見られるという情報があった。静岡県の函南かんなみ町の『函南猫踊り』もそのような伝承を元にしたイベントだったはずだ。

 踊り狂う猫たちの向こう側に、何か大きな影が渦巻いているのが見えた。


『猫神さまを崇めよ……』


 誰が言ったのか。

 いや、どの猫が言ったのか。

 その声が聞こえてきた。


 ふと気がつくと、三毛猫のアンとウミが、大きな影の足下でうずくまっているのが見えた。


「アン! ウミ!」


 思わず叫び、手を伸ばすと、二匹は顔をこちらに向けて、


「ニャオン!」

「ニャー!」


 とそれぞれ一言ずつ鳴いた。

 そして、夢から覚めた。



      *



 私と祖父が同じ夢を見た翌日、神社は完成を見た。

 新しい木材のいい香りがするが、素朴で飾り気のない小規模な神社だ。赤く塗られた小っちゃな鳥居と、木製の灰色に塗られたお社があるだけ。


 私はお社の中に、修繕した猫の人形を並べ、最後に、『猫神さま』のご神体を中央に置いて扉を閉めた。


「……アンとウミ、帰ってくるかな……?」

「やれることはやったさ」


 祖父は疲れたように首を回してそう言った。


 すると突然、ひとりでにお社の扉が開いた。

 驚愕のあまり、思わず体が跳ね上がり、同時に得体の知れない恐怖に襲われたが、それも一瞬で霧散した。


 お社の中からアンとウミが出てきたのだ。


「え! う、嘘!?」

「……」


 祖父は無言だったが、目を見開いているところを見ると、驚きを隠せない様子だった。

 当然だ。

 お社は完成したばかりな上、先ほどまで私が扉を開けて人形を並べていたのだ。もし、最初から中に入っていたとすれば、気がつかないはずがない。


 アンとウミは行方不明になった時と変わりない様子だった。相変わらず、元気はあまりなさそうだったが、私は再び会えたことがうれしくて、近づいてきた二匹を抱きしめようとした。

 するりっ。

 と二匹は身をかわした。


 私は仕方なく、二匹の顎の下あたりを撫でるだけに留めた。

 ゴロゴロと、気持ちよさそうに鳴く二匹を見て、私は泣きそうになった。


「おかえり。アン、ウミ」


      *



 一ヶ月後、当に夏休みを過ぎた頃、アンとウミは静かに息を引き取った。

 その間、食欲もなく病院で点滴を何度も受けさせ、薬を飲ませ、ペースト状の療法食を食べさせたりもしたが、努力の甲斐虚しく、二人は仲良く逝ってしまった。


 私は一日中泣きっぱなしだった。

 あんなに『猫神さま』のために一生懸命神社を修繕したのに、神さまは腎不全までは治してくれなかったようだ。


 ただ、アンとウミを帰してくれただけ。


 いや、そもそも、行方不明になった時、あんなに弱った体でアンとウミはどこへ行っていたのだろう。


 その答えが、神社にあった。


「ほら、見て見ろ」


 祖父が神社で何かを見つけたらしく、ほとんど強制的に神社まで連れて行かれた。

 見ると、鳥居の前に、狛犬ならぬ、


「……おじいちゃんが、作ったの?」

「いや、俺が今日手入れをしにきた時には、既にあった」

「……最後に手入れしたのって……」

「アンとウミが……、死ぬ前日だ」


 私は狛猫に近づいて二体をよく見ると、アンとウミの面影があった。

 左側のアンの狛猫は優しそうな表情で口を薄く開いているが、右側のウミの狛猫は睨みをきかせて口を結んでいた。

 そして、二体の狛猫は、


「阿吽だな」

「……聞いたことある」

「口をあけた『阿』は運や福を呼び込み、口を結んだ『吽』はその運や福を逃がさないためだといわれている。それに、ウミが睨みをきかせているところなんかは、まるで悪いものを追い払おうとしているようにも見えるじゃないか」


 まるで、アンとウミが、私たちを守ってくれているようだと感じた。

 ああ、そうか。

 これだったんだね。

 アンとウミがいなくなったのは。


『猫神さま』に祈ったんだ。

 自分たちが死んでも、私たちと一緒にいられるようにと。

 私たちを見守れるようにと。

 それに、神さまは答えてくれたんだ。

 きっと、そうに違いない。


「ニャオン!」

「ニャー!」


 風に乗って、どこからか二匹の猫の鳴き声が聞こえた。

 周囲を見渡しても、その姿はどこにもない。


「これからは、きちんとここを守っていく必要がありそうだな」

「うん……。この子たちにも、会いにきたいしね……」


 その後、この優しいアンとウミの不思議な話を、SNSに書き込んだところ、大きな反響を呼んだ。

 そんなある日のこと。


「あの、『ただいま猫神社』ってどこにあるかご存じですか?」


 と見知らぬリュックを背負った男性から声をかけられた。

 明らかに旅行者といった風情の人で、この辺りでは珍しいなと思った。


「……『ただいま猫神社』ってなんですか?」

「あれ? 知りません? 今、ネットで話題になってるやつですよ」


 そういうと、彼は一つの有名なブロガーの記事を見せてきた。そこには、私の投稿が引用されて、その神社を参ると猫が帰ってくるという言い伝えがあるのではないか、という考察がなされていた。

 そして、正式な『猫神社』という名前をもじって、『ただいま猫神社』と新たに名付けていた。


 そういえば、たしかに、私の投稿を引用してもよいか、というメッセージが届いて、了承した記憶がある。


 私が男性に『猫神さま』の神社の道順を教えてあげると、彼はそそくさとそちらへ向かった。

 その後も、幾人も同じように尋ねてくるので、たまらず私と祖父は看板を作り、山道を整備し、神社を簡単に参れるように工夫をした。


 SNSの反響も、ブログで偶然とり上げられたのも、もしかしたら、『猫神さま』の力なのかもしれない。

 神社を修繕し、アンとウミという新たな眷属けんぞくを手に入れて、生まれ変わった『猫神さま』は、その力を存分にはっきしたようだ。

 

 こうして、『猫神さま』は再び崇められるようになった。

 アンとウミも、たくさんの人が訪れてくれて、かわいがってくれて、喜んでいることだろう。

 ニャオン。

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猫神さまを崇めよ 中今透 @tooru_nakaima

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