始まりへの旅立ち

「まずは一つ。名前は道しるべともなる。おまえの名前、私らの名前。焦らなくていい。一つずつ、おまえはおのれを作り上げていけばいいのだ」

「僕が、僕を作る?」

「そうだ」


 取り戻すではなく、作り上げる。

 一から?

 老師の言葉の意味が飲み込めない。


「おまえの運命は過酷なのだよ。なかなかにな。それに立ち向かうには、おのれを取り戻すより、一からおのれを作り上げる方がいい。私はそう思う」

「なぜ、あなたがそんなことを?」

「それもおいおいな」

 少し、悲しい色を桃源老師は見せた。それをかき消すように、老師は弱々しいユウトの肩にポンと手を置く。

「なにをどう選ぶかは、おまえ次第だ。実はな、別におのれを取り戻す必要も、一から作り上げる必要もないのだ。私も、アルカディアも、おまえの意志は尊重する」

「僕……、次第?」

「そうだ。どの道を進むかは、おまえが、おまえ自身で選ばないといけない。それは変えられない」

「老師……」

 アルカディアが老師の言葉をさえぎろうとするのは、ユウトの心がまだ状況に追いついていないとみるからだろう。だが、それをこそ、老師は静止する。

 人間、人生の決断など、突拍子もなく突然に訪れるものだ。自分自身の気持ちや状況など全く無視して。

「僕は……」


 風が木々を揺らす。

 鏡のような湖面に、魚が跳ねた。

 窓の外のかすかな音さえ聞こえてくる。


 ユウトは顔を上げた。


「僕は、僕が何者であるかを知りたい! 僕のために争いが起こっている、傷つく人がいる。それは分かる。それは止めたいんだ」


 言葉の勇ましさとは真逆に、ユウトは真冬に外へ放り出されたような震えを止められていない。

 無理もない。

 自分を知ることは誰しも、二の足を踏むものだろう。自分の知らない自分。そこにいったい、何があるのか。心の奥底に封じ込めたパンドラの箱。災厄の最後に希望が残っているとも限らないのだから。

 まして、ユウトは争いの渦中、そのど真ん中にいた。騒乱の悲鳴、血のにおい、べったり張り付いて脳裏から消せてはいない。それがまた起こるのか? そもそも、何故? 振り返り、震えを起こさない人間がいるものだろうか。

 それでも顔を上げたのだ、悲劇から逃れようと殻に閉じこもることなく。

 健気ともいえるその勇気は、支えてあげたくなるではないか。


「ユウト君、私を信じてくれ」


 アルカディアは「すべて分かった」といわんばかりに、決然とユウトを見据えた。

「先ほどの私の誓いは決して、嘘偽うそいつわりなどない。子供の遊びではない。真なる誓いだ。私が必ず、君を護る。君のそばにいる。君は、君の信じる道を行けばいい」

「あなたは、どうしてそこまで……」

「それもきっと、君の進む道の途中で分かるはずだ」

 アルカディアは深くうなずいた。

「穏やかな安住の地へとはいかないようだねえ」

 老師のとぼけた言葉に、アルカディアは非難がましい目を送った。

「老師、あなたが彼を過酷な道へいざなったのではありませんか」

「それを選ぶも選ばないも、ユウト自身だ。そういっただろう?」

「誘導尋問、というのを知っておられるか?」

「フフ。なかなかに手厳しいな、戦乙女どのは」

「茶化さないでいただきたい」


 翌朝。

 あらためて、ユウトとアルカディアは老師の小屋から旅立つ。


「私はともにいけない」

 桃源老師はいう。

「目立つからね、私がいると。ユウトだけでも大変だろうに、アルの負担を増やすのは気が引ける」

「ここまで助けていただいただけで、感謝の言葉もありません」

 深々と、アルカディアは頭を下げた。

「何か困ったことがあれば、また私にいえばいい。私は別に、おまえたちを突き放すわけではないのだから」

「ありがとうございます」

「もっとも、すぐに駆け付けられるとは思わないことだが」

「はい」

 アルカディアの返事は、自分がユウトを護るのだと、その決意をまた新たにしたようにも聞こえる。

「逃避行は果てがない。まずは……」

「もちろん、あそこを目指します。一から作り上げるのだとしても、ゼロは知らないといけないでしょう」

「うむ、それでいい。私もほどほどに追いつけるようにしよう」

 示し合わせたかのような桃源老師とアルカディアの会話、それにユウトはもちろんついていけない。黙って、ただアルカディアの後ろに所在なげに立つだけ。

「では行こうか、ユウト君」

「うん」


【第一幕終:続く】

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ビリーブ・イン・コネクト 『Believe in connect』 ~はじまり~ @t-Arigatou

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