ユウト・ピア

 振り返れば、幼い子どものほほえましいやり取りに、ニヤニヤと笑みをこらえきれないといった桃源老師がそこに。

「アル、あんたの熱さは今のこの子には少々熱すぎる。やけどしてしまうよ」

「はあ……」

 老師の冗談も「心外」といわんばかりの、真面目一辺倒なアルカディアである。

「フフ……」

 老師も、笑みを絶やさずベッドの脇まで近寄る。

 自分よりも小さな童女。

 救い出されてからこの小屋へ保護されるまでに見知ってはいるものの、姿かたちとは似ても似つかないその物腰にはまだ慣れない。集団のなかにいても自分だけが何も知らず、ぽつりと置いてけぼりを食らったような、そんな感覚。

「私がおかしいかい?」

「いえ……」

「うむ。その戸惑い、正常な反応だ。なにもおかしくはない」

 老師の言葉は何か、機械が正常に作動しているのを確認しているようにも聞こえる。

 怪訝けげんな彼に、気にするなといわんばかりに、老師は話を元に戻した。

「アルカディアの誓いは受けておくことだ」

「でも……」

「アルカディアはいい女だよ。国中のあこがれさ。そんな人に誓いを立ててもらえるんだ、素直に喜べばいいのさ」

「そういわれても……」

 冗談で解きほぐそうとしているのか。それも判断しづらい。

 老師の姿かたちと老成ろうせいした言葉はあまりにも落差が大きすぎるのだ。

 彼の狼狽ろうばいはより強くなるばかり。これはいったい何なのか、何をどうしていいのかわからない。初めて連れてこられた家におびえる仔犬のようにさえ見える。

「おまえにはこれから過酷な運命が待っているのだよ。アルカディアはおまえをそれからきっと護ってくれる。私が保証しよう」

「あなたは、その……」

「ああ、これは済まない。アル、あんたもちゃんと自己紹介したのかい?」

 そこで初めて、アルカディアはおのれの不明を恥じた。

「すまない。なにせ……。いや」

 言葉をのんだアルカディアだったが、すぐに岩に突き立てられた聖剣のごとく、毅然きぜんと胸張り、

「私はアルカディア・ソーン。見ての通り騎士だ。あなたの、な」

「私は桃源老師。そう呼ばれている。そう、呼んでくれていい」

 二人からの自己紹介を受けるも、彼はまだ自分の居場所を探す仔犬の顔を消せていない。

「僕は……」


「おまえは、ユウト。ユウト・ピア」


「え……」

 何故、自分が知らない自分の名を、あなたが知っているのか。

 彼の蒼白の顔が、老師に問う。

「答えは簡単。おまえの名付け親が私だからさ」

「それは、どういう……」

「名前は存在を確かにするものだよ。それがあってこそ、世界に自分という存在を認めさせることが出来る、世界のなかで自分を叫ぶことも出来るのだ」

 名前がないと不便だろう?

 と、老師は不敵に笑う。

 どこか、毒を含んだ笑みだった。

 答えになっていない答え。

 彼、ユウトは体の芯を凍らせ、ぶるっと、震えた。

「老師! 彼を、ユウト君をおびえさせないでくれ」

 まるで仔犬をかばう親犬のよう。

 アルカディアが気色ばんで前に出てきたのは。

「アッハッハハハ!」

 意外なほど明るく、それこそその童女の姿そのものに大きく老師は笑った。

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