第4話

 夏休み終わりまで、残り日数を数えるのも楽になった頃、紗矢ともう一度遊んでおきたくなり、駄菓子屋まで来た。

 お店の前には、軽自動車が一台停まっていた。入ろうか迷ったけれど、もう来ないことを決めて今日は来たんだ。何も無しに帰れない。こんにちは、そう声に出してシャッターをくぐった。


「あ、こんにちは」


 友達から電話をもらったとき、外にいた男の人が、そこには居た。

 奥は部屋でテレビがあるようで、音が聞こえる。おずおずと覗いてみると、いつも会計をしてくれていたお婆さんがテレビを観ていた。まるくて可愛い後ろ姿。


「ここ数日間、買いに来てくれてたのは、君だったんだね。ありがとう」

「えーと、お店の人、なんですか?」

「店は祖父母でやってたからなー、地元の人でも、孫がいるなんて知らないことが多い」


久遠慶之くどう けいしって言います」ニコッと笑ってくれた。


 その表情を向けてくれて、すこしホッとする。安心から店内を見渡した。商品が並んであった棚は空っぽ、全てダンボールに詰められていた。


「何度も来られないからねー、祖母の代でこの店は終わりなんだ。ほんと最後にありがとう」


 慶之さんが孫なら、紗矢は……。でもそれだと名字がおかしい?


「……あの」

「ん? 何?」

「紗矢さんて女の子、知ってますか?」


 慶之さんの、片付けている手が止まる。


「どうして君が知っているの? 紗矢はボクの妹だ」

「い、妹?」

「そうだよ。それに紗矢は、高校生の夏休み、事故で亡くなってる」


 背中にサーッ、と寒気が走る。え、霊感は無いのに。じゃあ俺は誰と話してたの。


「君には霊感が──」「無いです」


 ふふふ、って慶之さんは笑う。「凄い否定してくるね」そして、店内をぐるりと見て、「紗矢がまだいるかもしれないのか……店壊したら呪われるかな」


「そんなこと……!」

「親の代に店があると必然的に、子どもは店番を任される。ボクは勉強を理由に、夏休み、ここへは来なかったんだ。でも紗矢は来た」

「楽しかったんじゃないんですか? お店するの」

「どうだろう。異性の兄妹だし、話をするにも親を通してたから、喧嘩も無いしね」


 丸イスが用意された。お盆に、麦茶とガラスコップが二つ。


「ちょっと休憩。駄菓子、適当に摘まんでいってよ」

「買いたいです」


 財布から千円を取り出して、慶之さんの前へすこし強めに差し出す。


「こんな廃れた店には勿体ないお客さんだなぁ。実はね、ここの場所での店はお仕舞いなんだけどね、人が少ないし条件悪すぎるからさ」

「……はい」

「祖父母がやっていた駄菓子屋、今になって良いなとは思えてるんだよね」

「それはつまり、場所は変わるけど続くってことですか?」

「時代が変わっていけば、古いやつってレトロになるじゃない? アンティークとか。店の雰囲気はあるからさー、これを始めからやっていったら途方もないんじゃないかな。続けていけそうなら、やってみたいんだ」


 互いに麦茶を飲んで、静かな時間に浸かる。ふと、慶之さんが言い出す。


「紗矢ってどんな感じだった? 友達の前では明るいのかな?」

「家族の前では暗いんですか?」

「あまり話さないんだよ、まぁボクもなんだけどね」


 美術の宿題、写真の被写体になってくれたこと。店内で話したこと。


「前までこの辺りに住んでたんです。オカルト的な奇妙なサイトを見て、より強くここへ来てみたいってなったんですけど。引っ張っていってくれる、頼れる女の子だなぁって印象です。一緒にいて、楽しかった」

「そっか。楽しそうならよかった。しかし、サイトで面白く言われるくらいには人の往来があるってことなのか……いや、偶然来て見えた可能性だって大いにあるよな」


 慶之さんて、研究者っぽい印象を受けるなぁ。こうやって話せる兄弟、いいかも。詰められたダンボールに、ちょこんと乗せられた麦わら帽子。


「あの帽子」

「あぁ、紗矢の麦わら帽子だよ。被ったのは一度きり。川に流されてて、目撃して対応してくれた人が綺麗に持っててくれてた」

「紗矢さん、麦わら帽子、被ってましたよ。よく似合ってました」


 慶之さんは、さびしく笑った。


「紗矢を見れたからには、やっぱり霊感あるでしょう。認めないの?」

「認めたくないですよ。誰かに相談したって面白がられるのがオチな気がしますし」

「それもそうだね」


 去り際、慶之さんは言った。「やり残したことがあるから、妹はいるんだと思う。もしまた会ったら、紗矢のことを宜しく」と。

 紗矢と巡ったところを歩いた。被写体に選んだ場所、俺が住んでた場所、初めて出会った坂道の上。白いワンピースが風で揺れる。麦わら帽子が風で飛んでいかないよう、手で押さえ、視線はこちらを見上げていた。


「急にいなくなっちゃう時があって、ごめんね。ことを受け入れたくなかったの。おばあちゃんは悪くない。あたしがいけないの」

「うん──」

「一緒に過ごしてくれて、ありがとう」

「…──うん」

「雅紀、最後にお願いがある」


 夜六時から始まる花火を、俺と見たいんだと、紗矢は言った。夏の終わり。いろんなところで花火大会はやっている。けれど、近くにあったかなと不安になる。


「雅紀が前に住んでた家。近くに、お墓があるの、知ってるかな? しっかり整備されてる今は、階段になってて歩きやすくなってる。ほとんど音だけかもしれないんだけど、一緒に見たい」


 季節のイベントに、あまり乗り気ではない親が、唯一見せた夏の風物詩。家から五分とかからない場所なのに、真っ暗だからか、長く感じた。急な坂を上っていき、こじんまりと立てられたお墓を背にする。

 紗矢が言ったように音のみで、クライマックスに、大きな花火だけが見える。それが、俺の中での花火大会。


「いいよ、見に行こう」


 友達と花火を見ること、帰るのは遅くなると、親にメールを入れた。

 二人でいると、時間はあっという間で、俺だけ蚊にやられることに、紗矢は笑う。

 小さい頃に感じた、音だけが、聴こえてくる。身体に沈んでいくみたいな、大きく深い、花火の音。時おり、半円で綺麗に見えた。

 時間も、夜の九時に迫る。ドンッ、と高く高く打ち上がり、綺麗な丸を描いた。打ち寄せる波のように、足から両手、全身が静寂にのまれていく。

 外灯がちらほらある程度で、安心できる明かりは少ない。スマホのアプリで、最大限にライトを明るくさせる。


「もう、終わっちゃったね」

「俺が居るまでに、何かしたいことある?」


 紗矢が終わりの空気を口出すたびに、「出来るかもしれない何か」を被せた。それを繰り返しているうちに、駅に着く。


「本当に最後のお願い、手を繋ぎたい」


 紗矢が出してきた右手に、視線を落とす。偶然見えた、透けている彼女の両足。恐る恐る自分の手を近づける。触れていてもいいはずなのに、感触は無くて。


「夏休み、最後まで一緒に居てくれて、ありがとう。楽しかった」


 左側の耳に、集中して聞こえる、紗矢の声。顔を近づけられたのか? 想像して、距離を考えて、熱くなっていく身体。消えてしまう最後の最後まで、紗矢は笑顔だった。



 ***



 宿題の最終提出日。授業の間だけ、美術室の窓を覆うように、写真が貼り出されていた。あの特別な出来事も合わさってか、俺の中で、この写真は目立っているように思えた。


「雅紀、写真の女子って誰」

「どっから画像引っ張ってきたんだよ~、ラノベのヒロインだろ、どう見ても」

「夏休み中、すこしの間だったけど、遊んでた。もう会わない人かな」


 クラスメイトから脇をくすぐられる。


「連絡先くらい聞いとけよ、ヘタレ~」

「ちくしょう、羨まし~」


 麦わら帽子、キミと夏休み。この夏限りの特別な人。



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麦わら帽子、キミと夏休み 糸花てと @te4-3

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