第3話

 電車に揺られる。田んぼの苗も成長し、俺の腰近くまでに伸びている。今日も半分だけのシャッターをくぐった。


「こんにちは」

「あら、また来てくれたんね。いらっしゃい」

「紗矢さん、いますか?」

「えー?」


 左手を頬に添え、すっとんきょうな声を出した、お婆さん。家族なのにその反応。母さんが考えた通り、夏休みだけの手伝いか。そうだとしても、まだ居るはずでしょ。


「あれー、雅紀、来てくれたんだ?」


 シャッター越しに聞こえた声。サンダルが見えた、昨日と同じ格好のようだ。


「お婆さんに紗矢のことを聞いたら、驚かれたよ」

「認知症が進んでるのかもって、お母さん達は言うの」

「そうなんだね」


 暗い雰囲気を飛ばすみたいに、強い風が吹いた。麦わら帽子を必死に押さえてる紗矢と眼が合う、互いに吹き出した。


「風ヤバッ」

「今日はどうしよっか」

「あのさ、ここへ来る前にネットで変なことを見つけたんだ」

「変なこと?」


 髪を整えて、麦わら帽子をかぶる。


「そう、白い服を着た女の子が出るんだって」

「あたしと似た格好してるのね」

「まあ、そうなんだけど……」


 紗矢がそう言ったことで、改めて見ようとしている自分、咄嗟に身を引いた。


「なに、あたしが幽霊だって言いたい?」

「俺霊感ないからね! そんなのあり得ないんだよ」

「あり得ないと思うことって、案外あったりするもんだよ」


 下を向く紗矢、麦わら帽子によって顔が見えなくなった。


「せっかく雅紀が来てるのに、楽しいことしなきゃ! スイカ食べる? ほら、冷やしてあるの」


 紗矢につられ、再度店の中へ。冷凍庫の中、売り物のアイスの山、てっぺんにカット済みのスイカが乗せられていた。客少ないからってそこ乗せるかよ、普通。

 ふと気になりお婆さんが座っていたところを見る、が、姿は無かった。部屋に行ってしまったか、トイレか。


「ここに座って、さぁどうぞ」


 出された丸イスに腰かけ、スイカを受け取る。そんなまじまじと見つめられては、食べる以外の選択肢がないじゃないか。

 その場の流れで、スイカの先っちょにかぶりついた。シャリっと心地良い歯応え。スイカの甘さ。


「おいしい」

「よかったぁ~」

「紗矢は? 食べないの?」

「おやつにでも食べなって、お母さん達が置いていったんだけどね、たくさん食べたら飽きちゃうでしょ」

「それもそうだね」


 蝉の音を聞いて、シャッターの隙間から入る風を感じて、静かな時間が流れていた。

 紗矢に押されて、冷やされていたもうひとつのスイカも貰うことにした。


「なんか、お腹いっぱい」

「あはは、スイカってそうなるよね」


 お店の中に音楽が流れた。犯人は俺のスマホだ。


「ちょっとごめん、友達から電話」


 遊ぶのと、宿題を両立しないかということで、まあ結局は遊ぶことになるけれど、呼び出された。


「ごめん紗矢、急用でき……あれ?」


 紗矢の姿はどこにも無く、いつもの場所にお婆さんが座っていた。


「そこの冷凍庫にあるスイカでも食べてくかい?」

「あ、すみません。頂いちゃいました」

「自分の家と思って、ゆっくりしていきなー」


 駄菓子をいくつか買い、理由を告げて店を出た。昨日といい今日も、紗矢は突然居なくなることがある。そろそろ帰るからひと言いいたい時があるのに。

 シャッターに頭をぶつけないよう、注意しながら出る。


「お客さん? 珍しいなぁ」


 男の人がいた。銀色、細いフレームの眼鏡。俺より歳上。


「──こんにちは?」

「こんにちは」


 不思議になりながら挨拶すると、しっかり返事が戻ってきた。

 誰だろう。お店とどういう関係なんだろう。

 電車に乗り、終点まで揺られる。友達はその辺りで暇をもて余しているようだった。


「よぉ、宿題終わった?」

「なんとかね」


 冷房の効いた店内。互いに同じジュースを注文し、テーブルを囲んだ。


「どっか出掛けてた?」そう言うと、友達から指差しが飛んできた。

「ちょっと駄菓子屋まで」

「は? 駄菓子屋なんて近くにあったか?」

「前住んでたところにね、お客さん来るのも珍しくなるほどには、廃れてた」

「なんそれ、維持すんの大変そう」


 電話の通り、友達は宿題を持ってきていた。俺はというと、駄菓子屋から直接なわけで、貴重品以外何もない。宿題をするのに参考にしたサイトを言い、友達と談笑して過ごした。


「奇妙な掲示板ていうかさ」

「うん」

「オカルトみたいなサイトがあるんだけどさ」

「うん」

「白い服を着た女の子の噂知ってる?」


 迷い無く動いていた指は止まり、友達はペン回しをする。


「興味本位でたまに覗くけど、よくスレ上がってるなぁ」

「じゃあ噂は本当ってことなんだ?」

「本当にデマだったら、スレ消えてるだろうしなぁ。見たかもしれないって体験はあるんじゃね?」


 友達はストローをくわえて話す。「駄菓子屋となんか関係あんの?」

「そういうわけじゃないけど、夏っぽい話題をね」

「そういや夏の終わりに奇妙な番組やるよな、絶対観ろよ」

「あぁ、毎年やってるね」


 近くのゲームセンターへ立ち寄り、決めてあった額を使い果たすと、解散となった。

 本当かもしれない、サイトにある噂。紗矢の格好がすごい似てるけれど、会って話してるし、第一俺には霊感が無い。変に考えすぎだ。



 ***



 ラストの登校日を終えて、三週間後には、いつも通りの学校生活が迫ってきている。宿題も無事に終わって、提出するのみ。忘れないようにしないとな。

 久々の学校へ行くのに、生活リズムを整える必要があったから、駄菓子屋には三日ほど行かなかった。


「あ、スマホで撮ったやつ、現像しなきゃ」


 美術の授業で提出できなくなる。必要なものをカバンに詰め込んで、玄関へ。


「また駄菓子屋行くの?」


 洗濯カゴを抱えた母さんとすれ違う。


「宿題で写真の提出しなきゃいけなくて、現像してくる」

「暑さに気をつけるのよ。いってらっしゃい」


 まだまだ暑い。でも、風を存分に受けて、カラッとしてるから気分がいい。自転車で二十分ほどで目的地についた。

 コンビニのコピー機へと直行する。アプリを開いて送信。が、何度やってもブレて印刷される。壊れるのも怖いし、お店の人にも悪いし、出来たなかでマシなやつを出せばいいか。ジュースを一本買い、コンビニを出た。

 ペットボトルの蓋を開けて、プシュ──…と良い音。スマホで写真を表示させ、拡大と縮小を繰り返してみた。確かに綺麗に撮ったはずだ、それなのに歪んで見えるって何なんだ。

 ヒヤリと冷たい何かが、二の腕に触れる。咄嗟に周囲を見ても、店内の入り口に近いところに自転車を停めたわけじゃないから漏れてきた冷房が当たることも無いのに。



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