第2話

 麦わら帽子、風に揺れるワンピース。絵に描いたような女の子と、田んぼのあぜ道を歩いている。シミュレーションゲームにありそうな出来事が今、目の前に起きている。


「雅紀の家って──あぁ、元の家ね、どの辺りだったの?」


 くるりと振り返り、そう質問すると、また前を向いて歩き出す。


「駄菓子屋から更に奥へ行ったところだよ。どこへ行くにも車じゃないと大変でさ、近所の子と遊んだっていう記憶はあるんだけど、もう顔も思い出せない」

「そうなんだね~」


 そう言うと、紗矢は止まる。


「何で止まってるの?」

「雅紀はここで待っててね。あたしがもう少し先まで行ったら、合図を送るから」


 紗矢はそう告げると少し駆け足で先を行った。そして振り返ると、声が届けられた。


「下のアングルから、あたしを画面の中心に撮ってみて」


 言われた通りに、あぜ道にしゃがむ。


「もう少し下からなんだよなぁ~」


 更に指示がきた……。そうなってくると、地べたに寝そべるってことになってくる。カラッと晴れてるし、湿ってはいないか、よし。

 不思議に思いながらもやってみると、ラノベにある構図に近いのを感じて、テンションが上がってきた。

 そろそろシャッターを切るかな、そうスマホ画面へ指を持っていこうとした時だった、紗矢がその場でくるりと回る。


「は、ちょっと、動くときはそう言ってよ」

「こういう時は連写するんだよー、ってごめんね。モデルっぽいことやってみたかったの。今のはブレたよね」

「いいや? わりとしっかり映ってるけど」


 そう、スカートの中、ぎりぎり大丈夫ではあるけれど。


「ちゃんと消してくれるのよね?」

「完全に不可抗力だろ。指示通りにやって映ってしまったんだ、俺のせいじゃない」

「その返答じゃ消さないってことになるわね」

「ほら、これで満足だろ」


 紗矢の目の前で写真を削除する。ついでに三十日間保存してくれるフォルダからも消さないとな。


「今の要領でまた撮ってくれる? 使って良いのと、そうじゃないのをあたしが選ぶから」

「なるほど、了解」


 雲ひとつない青空、光の屈折、黄金比とでも言うべきか。全てが丁度良いバランスで一枚に収まっている。


「すげぇ、プロっぽい」

「あたしも楽しかった、ありがとね」


 紗矢の選別で提出用に数枚のみを残した。


「次どうしよっか」

「川があった覚えがあるんだけど、どこかにない?」

「それってきっと、雅紀が以前に住んでたところの事じゃないかな」


 そう言う紗矢の表情は、曇っている。あぜ道からアスファルト、整備された道を歩いていった。ぽつぽつ、民家が集まっているところを通り抜け、車の行き交う道路を進んでいく。

 古い記憶が顔を出した。ここを幼稚園バスが走ったことを。


「小川があったのは確かよ。でも今じゃ、用水路ってとこね」


 俺も小さいときだったし、記憶ってそういうもんだよな。

 ブロックで造られた斜面、その上は高速道路。ぜーんぶしっかりと整備されちゃって、全くの別物だ。


「ガッカリしたんじゃない?」

「変わらないことも嬉しいかもしれないけど、自然はまだまだ消えてないし。ビルが建ってるほうがショック大きかったかもな」


 寂しくないと思えば嘘になる。だからって、学生の俺に何ができるというのか。

 結構歩いてきて、日照りも落ち着いてきた。電車の時間を確認しながら帰らないとヤバいかも。


「うちへ寄っていく? すこし休んでから帰ったら?」

「あ、じゃあそうする」


 本当にひたすら歩いていた。誰か話せる相手がいると、同じ景色でも違って見えるもんだな。

 駄菓子屋に着くと、明かりがついていた。


「あら? いらっしゃい。暑かったでしょ、麦茶飲んでいきな」


 麦茶がたっぷりと入っているボトル、ガラスコップがひとつ。それらが乗せられた丸いお盆が出された。

 紗矢のお婆さんかな。母さんが言ってたことを想像するに、結構な年齢なんじゃ。紗矢も居るのにコップがひとつだけなのは何で? その不思議を紗矢に言いたかったのに、姿が無い。


「紗矢?」

「ん? なぁに?」

「うあ、びっくりした。なんか急に居なくなってた?」

「ごめんごめん、あぜ道通ったでしょ? 外の蛇口で足洗ってた」


 紗矢の足元を見る、サンダルを履いていた。これは汚れるか、洗いたくもなるな。


「紗矢のお婆さんが麦茶を用意してくれたんだけど、コップがひとつなんだ。よくある事だったりする?」

「あぁ~結構な歳だからね~、呆けがあるんだよ。あたしのことは気にしないで、時間までゆっくりしていって」


 そう言うと、紗矢は奥へと入っていった。入れ違いで、お婆さんが出てくる。


「ここへお客とは随分久しいねぇ、近所の小学生はたまに来るけど。サービスするよ、なに買う?」


 駄菓子屋でサービスかぁ、めっちゃ悪いことしてる気分だ。

 スーパーには無い品揃え。ひとつ、ひとつのお菓子の安さ。両手いっぱいに買っていった。


「電車の時間近いんで、そろそろ帰ります」

「またおいで」


 半ば無理やりではあるけれど、サービスしたいお婆さんの押しに負け、皺が入った手から飴玉を受け取った。

 紗矢、あれから出てこないな。


「また来るって、紗矢さんに伝えてください、それじゃ」


 飴玉を口に投げ入れ、電車に揺られる。宿題を終えられたし、良い出会いだったな。眠くなっておりてくる瞼をこすり、帰路についた。



 ***



 昨日はどうしたっけ。夕飯に風呂、やることやって、テレビも観ずに寝たような……? 連続して出る欠伸。眠い。


「駄菓子屋さん、今でもやってたのね」

「へ?」

「部屋へ持っていくの忘れてるわよ」


 台所のテーブルには、ビニール袋があった。中には、たくさんのお菓子。イスに座り、作られた朝食のパンを口に突っ込んだ。


「お店の人、お爺さんだった?」

「お婆さんだったよ。近所以外で子ども来るの珍しいみたいで、帰り際に飴玉サービスしてきた」

「ふーん、そうなの」


 母さんは自分の思い出と、現在に至るまでを繋げたいみたいだ。考える仕草をしながら、食器を洗う。


「歳が近いっつーか、同い年だと思うんだけどさ、紗矢って女の子……母さん知ってる?」

「老夫婦に子どもがいたとか?」

「それだったら、俺より歳上じゃん……。駄菓子屋の子だと思うんだよ、自分の家のノリだったし」

「家族が何人とかなんて詳しくないからねー。お孫さんとかじゃないのー? 夏休みの間はお店を手伝うとか」

「たまにしか客来ないのに、何を手伝うんだ……?」


 母さんはフッ──…と笑いをこぼす。「笑ったよね? 失礼じゃない?」そう突っ込んでみたら、「あんたも同じだからね」って返ってきた。


 朝食を食べ終え、皿を母さんに渡す。ビニール袋を掴み部屋へと行く。扇風機をつけていたけれど、昼近くになってきて、蒸されていく室内。ゆるく冷房をつけた。

 お菓子の商品名を検索しながら、どんなものかと口にしていった。手のひらサイズの箱。タバコっぽいと考えてたら、検索結果にも、タバコを模した物と出てきた。表示された画像通りに、それを持ってみる。……よくわかんないな。タバコを吸ってる大人が近くにいない、それの良さが分からない。


「雅紀、扉閉めるならきちんとしないと、冷房が逃げてしまうぞ……て、それタバコじゃないのか?」

「駄菓子だよ」


 箱を掴んだと思ったら、指先でお菓子をつまみ上げ、次に口で箱から抜き取った。両手で口を覆い、フゥ──…と息を吐いた。


「タバコはこうやるんだよ」

「いや聞いてないし。まあ、その、すこし格好よく見えた。父さん吸ってたことあるんだね」

「雅紀が産まれると知ってやめた」

「そんな簡単にやめられるもんなの? 授業で聞くよ、依存するって」

「雅紀のことが大事だからやめたんだ。夏休み、遊ぶべきだとは思うが、宿題もきちんとな」


 くしゃくしゃっと頭を撫でられた。父さんの力強い手の感触が、残った。



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