麦わら帽子、キミと夏休み

糸花てと

第1話

 汗ひとつかかず、冷房を入れた快適な部屋。室内の真ん中で大の字になって寝転がっていたら、いつの間にか寝ていた。気付けば夕方の四時四十六分……、期待していた夏休みのはずだったのに友達と出掛けるのも、片手で数えられる日数のみ。


「暇だ」


 頭の中を埋め尽くしたその思いは、ついに飛び出した。何かすることはないのか、何か。起き上がり、ふと散らかっている机に眼がいった。宿題……残すは美術だけ。間にある登校日で、プリント類はすでに片付いている。ほぼ写したからな。

 スケッチブックに描くか、写真を撮るんだけれど、どうせなら面白いものを撮りたい。


 家中の壁に遮られながら、母さんのくぐもった声が聴こえる。


 部屋の扉をあけて秒の勢いで、気力は無くなりそうになる。どうにも払えない夏の熱気。階段をおりて、台所へと急いだ。


「なんか呼んだ?」

「水分取りなさいよーって」

「それだけ?」

「それだけって何よ? 気を付けないと室内でだって熱中症起きるんだからね?」


 冷凍庫、確かまだあったはずだ。


「よし! わかった。アイス食う」

「お茶も飲みなさいよ!」


 少しひやっとしてる台所の空気。エアコンのリモコンを見てみるが、温度の表示は無かった。ある程度涼しくなれば切るんだよなぁ~、母さんは。

 テレビには、ほぼ廃村になっている集落が映っていた。若者が居なくて、お年寄りばかりのようだ。


「行く高校が決まって、春休みにこっちへ引っ越してきたよね。今思うと、小川があるだけでも楽しいところだったかも」


 洗濯物を畳みながら、母さんは言う。「ふーん。コンビニ行くにも車だし、結構文句言ってたのに、そう思うのね」


「あの時と同じ距離に、ショッピングモールがある、この場所のほうがそりゃ良いに決まってるじゃん!」

「どうだかね~」そう相槌をして、洗濯物が分けられていく。


「夏休みだし、行きたかったら行ってもいいわよ。電車で三十分のところだし。お金を使わなくていい遊び場所ね」

「駄菓子屋があるの、覚えてるもんね」

「後継ぎが居ないと、建物だけかもしれないね。母さんのときですでに、シャッター半分でお店してたくらいだし」

「どういうこと……」

「子ども少ないからねー。きちんと営業してるのもどうかと思えてくるんじゃないの?」


 アイス、残りひとくちを口に入れた。そんな寂しいエピソードを聞いている俺の手元に、当たりと刻まれたアイスの棒。


「おー、当たってる」

「良かったねー、交換には行かないよ」

「俺、行ってくる」

「え、今から?」

「明日」


 畳まれた自分の洗濯物を抱え、階段を駆け上がった。予定があると、頭が冴えてきて、身体も軽い。どうせ行くなら宿題もついでにやってしまうか。小川を写せば、それだけでいい感じでしょ。

 普段、通学カバンに使っている物に、宿題のセットと財布、タオル、当たり付きのアイス棒を投げ入れた。

 ……廃村かぁ。明日行くところは産まれた時から過ごしていた。べつに廃村では無いけれど、子どもは少ない。歳が近いという理由で遊んだ子がいたけれど、もう顔も出てこない。進学と同時に町の中心部のほうへ引っ越しした。家が解体されるところを家族で見た。だからもう、すっきり何もないか、何かが出来ているかもしれない。

 スマートフォンに打ち込む。廃村と入れて、空白を連ねる。ゲームやホラー、不気味なのが多いみたい。──と、奇妙な掲示板をみつけた。怖いことを中心に記載している掲示板のようだ……「白い服を来た少女?」

 明日行こうと思っている場所に関する、奇妙なことが書かれていて、独り言が出た。知っている場所に、知らない噂が漂っている、わくわくした。



 ***



 行くのが楽しみすぎて早起きし、父さんに驚かれた今朝。カバンをカゴに突っ込み、自転車に股がる。いつもなら鬱陶しい夏の日差しは、ちょっとした冒険への開幕に合う気がした。

 十五分ほど行ったあと、わずかな隙間がまばらにある駐輪場に自転車を突っ込んで停めた。電車が来るまであと五分。喉の渇きに勝てず、そばにあった自販機でお茶を買った。

 ガタンゴトン、そういう音と、身体が揺れる感じ。少しのワクワクと、涼しい車内による程よい気持ち良さ。

 引っ越してからの場所も田んぼが多いけれど、これから行くところは、ほとんど緑だ。


 さびれた駅。窓から中の様子を伺い、ようやく駅員さんが動き出す。田舎っぽくて良い感じではあるけれど、でもなんか、さみしいかも。

 こんな詰まらないっけ。遠くで軽トラが走っている音がした。ゆるやかなS字を描いた道に軽トラをみつけた。俺が住んでたときも、移動手段は車がほとんどかもな、外灯が少ないから夕方歩くにも親がうるさかったかなと、頭の隅にあった記憶をなぞる。

 スマートフォンを取り出し、位置情報をオンにする。現在地から知っている場所を探していく。……そうだ、俺が住んでた住所、そこから逆算すりゃいいじゃん。


 読み込みから表示された地図。建物があったとしても、農業の道具とかがあるだけで、何もないのと同じだ。

 以前に家があったところを、とりあえず目指すことにした。そこをスタートに、小学校の近くへ行けば絵になりそうな場所があるかもしれない。


 炎天下。見渡すかぎり田んぼ。遮る大きな建物も無いから、吹いた風が身体によく当たる。暑くてもそれだけで、気分はやわらいだ。

 軽トラ、軽自動車、時々大型トラック。広く大きな道では無いけれど、そこそこ行き交っていた道路から脇の細道に入る。感覚が、当時の記憶を揺さぶる。今日みたいに夏の頃は、変化が分かりやすいな。細道に入るといつも感じていた、ほんのちょっぴり肌寒いことを。

 少々キツい傾斜を下っていく。右手側に、また更に細い道がある。道順を知っていれば、ちょっとした近道ではあったかな。低学年の頃は怖さが勝っていて進めなかった。田んぼしかないから見晴らしのいい、平地なのに。どこに繋がっているのか解らない、未知なことが、いくらでも冒険へと塗り替えていく。

 まあ今じゃアプリで地図が解るし、今日は行ってみるかな。


 ひたすら歩く。あまりにも同じ景色すぎて、苗か雑草か……田んぼの中を観察するにまでになってきた。

 前方に見えてくる、坂道。平坦な道を歩いていたのに、なぜか息が上がっていた。同じ景色っていうのが体力の消耗に繋がったんだろうと考える。ここを登りきれば終わりだ──、顔を上げる、白い何かが揺れていた。


 日差しを遮る物は無いのに、ひんやり涼しい。坂道を登りきると、アスファルトが濡れていた。水の音をたどると、女の子がジョウロで打ち水をしていた。白いワンピースを着た、女の子。


「こんにちは」


 女の子の様子を伺っているうちに、眼が合い、向こうから挨拶がきた。


「こ、こんにちは」

「お買い物ですか?」

「へ?」


 女の子の手が促してくる。たどっていくと、シャッターが半分まで下ろされた、お店がそこにはあった。……母さんが言ってた建物じゃん。あったわ。


「あ、あのっ……この交換てできますか?」


 汗をかいて湿った手を慌てて引っ込め、利き手とは反対の手を使い、アイスの当たり棒を出した。


「おっけー。アイス無料になります。好きなの見ていく?」


 女の子が手招き、「頭に気をつけて入ってね」とお店の中へと案内してくれた。半分下ろされたシャッターに注意しながら、入っていく。

 昔ながらの、とかその時を知らないのに、そう感じる駄菓子屋。たぶんニュースとかで紹介されてて、昔ながらの駄菓子屋って言われてたから、それが正解みたいな部分があるんだろう。

 いろんなアイスがある中で、乳成分が入っていない氷だけのものを掴んだ。プラスチックのカップ、蓋をめくり、ひとくちサイズの氷を口へと転がす。レモンの爽やかな味が気持ちいい。

 丸イスが出されたので、行動に甘えて座る。ずーっとニコニコしてる女の子に思わず、「ん? どうかした?」と口が動いた。


「すっごい汗かいてるから、さぞアイスが美味しいだろうなぁと思ったの。笑っててごめんなさい」

「あぁ、そうなんだ」


 こめかみから流れてくる汗、カバンからタオルを取り出し拭う。


「家は近くなの?」

「電車で三十分かな」

「電車使うなんて結構な距離じゃない。この辺り何も無いけど、どこか行く途中?」

「前までこっちに住んでてさ、夏休みだから、ちょっとした冒険的な?」


 夏休み、その言葉から女の子の表情は陰っていった。


「そっか、夏休み」

「……そっちも、夏休みでしょ?」


 見た目判断だけれど、年齢はそう変わらない気がする。


「あ、いやぁ……あ! 夏休みって宿題多くて嫌になるよね」

「まあその宿題をやりに、こっちへ来たってのもある」

「どういうこと?」

「今住んでるところ、町の中心部に近いんだ。お店多くて便利ではあるんだけど、川があったり……自然ていうのが実は良い遊びだったんじゃないかと思えたんだ」


 カバンから美術の宿題に関するプリントを取り出す。「これを達成するために、こっちへ来たんだ」


 プリントに眼を通す。睫毛が長くて、整った顔。学校以外での、異性との関わり。すこし緊張。


「絵を描くか写真てあるけど、両方持ってきたの?」

「そこは写真一択。俺下手だから描けないし」


 眼を見てしっかり聞いて、笑ってくれる。会って間もないのに、楽しい。


「撮る角度を変えるだけでも、プロっぽく見えちゃうんだよねー。あたし、被写体になろっか?」

「え、顔映って平気?」

「まさか、許可出来るのは後ろ姿までよ」

「だよねー、あはは、びっくりした。きみのオススメの場所があれば、そこで撮りたいかな」


 すこし前のめり、その拍子に首筋からするんと毛先が流れた。綺麗な黒い髪。ふいに眼に入る、レースが施された衣類。


「それでは、これからはきみじゃなくて、紗矢って呼んで。久遠紗矢くどう さや、あたしの名前」


 まっすぐな瞳に吸い込まれ、俺は告げる。「桜井雅紀さくらい まさき、俺の名前」


「夏休みの間だけかもしんないけど、雅紀、よろしくね」



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