「人間の手下になった気分はどう?」

 目の前に立ちはだかる一人の獣……いや、少女はそう言った。

 そんな彼女の背には、見たことのないふわふわとした尾が付いている。頭には長く、白い耳。彼女は獣人だった。

「兎族か……どうしてここに?ここにはもう獣人はいないはずだ……」

「いないって決めつけるのはどうなの?今までの場所にいられないからここに来たんだ……ここには獣人の気配が残ってた。でも、獣人なんていなくて、代わりに人間の気配がした。だから……読んだんだよ。この地に残る記憶をね」

 彼女はそう言って、岩に手を当てた。

「“物読み”の能力……」

「その通り。私は、物に宿る記憶を読むことができる。この洞窟には獣人の……“君たち”の記憶が残ってたよ。でも……一人の皇帝がここに現れてからが、途絶えていた。自分たち獣人を死へと追いやった人間のそばで、彼らを守るって言うのは……どういう気分?」

 彼女は挑発するように言う。

「黎さまたちは、我々を迫害した人間とは違う!ご長兄の皚さまは皇帝になられ、我々が力を発揮出来る場所を与えてくださり、立場を作ってくださった。昔の出来事は今の皚さまたちには関係ない!」

「でも、血のつながりはあるんでしょう?だったら、それが本人でも、父親でも祖父でも同じこと。いかに今の皇帝が良い人間でも、きっとまた同じことを繰り返す。いつの時代だって歴史は繰り返されてきたんだよ。君だってその目で見てきたでしょう?」

 彼女にそう言われ、アーテルは何も言い返せなかった。

「そう言えば……新皇帝の皚……だっけ?その人って……」

 アーテルに近づき、彼女はそっと耳打ちした。

 見る見るうちに蒼白になっていくアーテル。

「その顔が答えってことか。いいこと知ったな~。じゃあ、またいつかどこかで」

 足元険しい神聖山を、少女はぴょんぴょん飛び越えていく。

「このことアダマスに伝えなきゃ……」

 アーテルは大急ぎで山を下る。



 その晩、皚らは疲れからかいつもより早く眠りについていた。

「それで?そいつはなんて?お前はなんて答えたんだ」

 ルベウスはグラスを手に、アーテルに詰め寄る。

 昼間の出来事を、彼はアダマスらに報告していた。

「“人間の手下になった気分はどう”って彼女言ったんだ。それに……彼女は皚さまの……ごめん、僕の口からは怖くて言えないよ……」

 アーテルはそう言うと口をつぐんだ。

「頭、借りるね」

 アダマスはそう言って彼の額に手を当てる。

 数分の後、アダマスは震える手を彼の額から離した。

「このこと、絶対に誰にも言ってはいけないよ。もし口にしたら……私たちはどうなることか……もちろん、皚さまも……」

「分かってます。このことは死んでも守りますから……」

 そんな二人の会話を見ていたマリーンとルベウス。

「もしかして、皚さまのことって……」

「そう言うことなんですね?アダマス……」

 彼らにそう問われ、アダマスは頷く。

「そうか……このことだけは、死んでも守らないとな」

「珍しく、あなたに同意しますよ」

 彼らは、今までに見たことのない目をしていた。



「皚さま……もし、いつかこのことが知れたとき……私はあなたを連れて、誰も知らないところへ逃げます……彼らにも何も言わず、きっと私は……。私はあなたを守るためなら、この命を差し出すくらいの覚悟も、あなたの盾になることも厭わない……」

 アダマスは眠る皚にそう告げる。

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四神奇譚(仮称) 文月ゆら @yura7

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