⑤
「人間の手下になった気分はどう?」
目の前に立ちはだかる一人の獣……いや、少女はそう言った。
そんな彼女の背には、見たことのないふわふわとした尾が付いている。頭には長く、白い耳。彼女は獣人だった。
「兎族か……どうしてここに?ここにはもう獣人はいないはずだ……」
「いないって決めつけるのはどうなの?今までの場所にいられないからここに来たんだ……ここには獣人の気配が残ってた。でも、獣人なんていなくて、代わりに人間の気配がした。だから……読んだんだよ。この地に残る記憶をね」
彼女はそう言って、岩に手を当てた。
「“物読み”の能力……」
「その通り。私は、物に宿る記憶を読むことができる。この洞窟には獣人の……“君たち”の記憶が残ってたよ。でも……一人の皇帝がここに現れてからが、途絶えていた。自分たち獣人を死へと追いやった人間のそばで、彼らを守るって言うのは……どういう気分?」
彼女は挑発するように言う。
「黎さまたちは、我々を迫害した人間とは違う!ご長兄の皚さまは皇帝になられ、我々が力を発揮出来る場所を与えてくださり、立場を作ってくださった。昔の出来事は今の皚さまたちには関係ない!」
「でも、血のつながりはあるんでしょう?だったら、それが本人でも、父親でも祖父でも同じこと。いかに今の皇帝が良い人間でも、きっとまた同じことを繰り返す。いつの時代だって歴史は繰り返されてきたんだよ。君だってその目で見てきたでしょう?」
彼女にそう言われ、アーテルは何も言い返せなかった。
「そう言えば……新皇帝の皚……だっけ?その人って……」
アーテルに近づき、彼女はそっと耳打ちした。
見る見るうちに蒼白になっていくアーテル。
「その顔が答えってことか。いいこと知ったな~。じゃあ、またいつかどこかで」
足元険しい神聖山を、少女はぴょんぴょん飛び越えていく。
「このことアダマスに伝えなきゃ……」
アーテルは大急ぎで山を下る。
*
その晩、皚らは疲れからかいつもより早く眠りについていた。
「それで?そいつはなんて?お前はなんて答えたんだ」
ルベウスはグラスを手に、アーテルに詰め寄る。
昼間の出来事を、彼はアダマスらに報告していた。
「“人間の手下になった気分はどう”って彼女言ったんだ。それに……彼女は皚さまの……ごめん、僕の口からは怖くて言えないよ……」
アーテルはそう言うと口をつぐんだ。
「頭、借りるね」
アダマスはそう言って彼の額に手を当てる。
数分の後、アダマスは震える手を彼の額から離した。
「このこと、絶対に誰にも言ってはいけないよ。もし口にしたら……私たちはどうなることか……もちろん、皚さまも……」
「分かってます。このことは死んでも守りますから……」
そんな二人の会話を見ていたマリーンとルベウス。
「もしかして、皚さまのことって……」
「そう言うことなんですね?アダマス……」
彼らにそう問われ、アダマスは頷く。
「そうか……このことだけは、死んでも守らないとな」
「珍しく、あなたに同意しますよ」
彼らは、今までに見たことのない目をしていた。
*
「皚さま……もし、いつかこのことが知れたとき……私はあなたを連れて、誰も知らないところへ逃げます……彼らにも何も言わず、きっと私は……。私はあなたを守るためなら、この命を差し出すくらいの覚悟も、あなたの盾になることも厭わない……」
アダマスは眠る皚にそう告げる。
四神奇譚(仮称) 文月ゆら @yura7
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