「兄上!今日は本当に……何というか……めでたく……服が……」

 皚の身丈にあわせた特注の皇帝服。それがアダマスの手によって、彼の体に着せられていく。

 そんな姿を感慨深く、嬉しく思った黎は突然泣き出した。

「どうして黎が泣くのさ……。黎も、今日から宰相としてよろしくね。それにその宰相服、黎にぴったりだよ。色も装飾も、君によく似合ってる」

「兄上~……寂しいですよ……今までみたいにずっと一緒にはいられなくなるし、簡単に話とか……」

「そんなことないよ。今まで通り話せる。出かけることもできる。皇帝になったからと言って何も変わらないよ」

 皚は涙を拭ってやり、黎の両肩に手を置いた。

「黎、宰相なんていう役職を君に任せてごめんね……。この仕事をこなせる、信頼できる人が思いつかなかったんだ」

「そんな!僕はこの役職を与えてもらえたこと、本当に嬉しいんですよ!ちゃんと、皇弟として兄上のお役に立てることが嬉しくて……。でも……」

「何も変わらないから、悲しむ必要はない。黎、いつでも私のところにおいで」

 皚は、彼が何を言いたいのか察し、そう両肩を優しくたたく。


「皚さま、神官の桜那さまがいらっしゃいました」

 アダマスの声によって部屋に招き入れられた桜那。それについてくるように、緋や碧も室内に足を踏み入れた。

 美しい黒髪を一つに結い、長身ながらも威圧感などない佇まいで、皚の前に現れる桜那。

「皚さま、この度は誠におめでとうございます。また、わたくしを北州からここへ招いてくださり、神官としての役職まで、何もかも本当に感謝しております」

「何を言うんですか。あなたは、神官としての腕はもちろん、星読みやこの帝国のことに関しても深い知識があります。それを私のそばで発揮し、私を助けてもらえればと思っただけです」

 彼がそう言うと、桜那は頬を薄く染め、頭を下げる。

 ちょうど皚も皇帝服を着終えるところで、アダマスは最後の装飾品を腰につけていた。

「ありがとう、アダマス。それじゃあ、皆行こうか」

 皚は彼らを従え、戴冠式が行われる神殿へと歩みを進めた。


「このアステウス帝国を護る神々……四方を護る神々に告ぐ。我らが新皇帝、ゲルハルト・皚・アトラスは神の声を聴き、民の声を聴き、すべての命あるものに愛を注ぐ皇帝と認め、今祝福を……」 

 桜那は神官として初めての職を全うしていた。

 皚の頭部を採寸し、特別に仕立てた王冠は、まるではじめから居場所を知っていたかのようにぴったりと収まり、その輝きを放っている。

 彼女が「清く尊く、力のある者の手に渡れば輝きを放つ」と口にし、一つの首飾りを彼の胸へと掲げた。それは、皚のように美しく、透明感のある宝石で造られた首飾り。

「これ……この感じってまさか……」

「お気づきになられるとはさすがですね。その首飾りの首ひもは、アダマスが用意したものです」

 編み込まれた首ひもは、白や灰の色を放ち、温かみのある配色となっていた。

「まさか……アダマスは……」

「何も仰らないでくださいね。彼なりの、あなたへの愛情と忠誠の証なのです」

 そっと首飾りを掴む皚。

「私は、ゲルハルト・皚・アトラス。このアステウス帝国の皇帝だ。今までの慣習は全て失くし、一人一人が自分らしく、何も恐れることのない帝国を私は築く。時間はかかるかもしれない。だが、必ず約束しよう!全ての命が平等に生きられる帝国を!」

 町は民衆の歓声で震えた。

 アダマスたち獣人の彼らは、皚が約束したその言葉に獣人の自分たちも入っていることを感じていた。

「新皇帝万歳!万歳!」

 どこからともなく聞こえる声。それは、やがて大きくなり大地を震わせる。

 皇帝と認められた皚の隣には、アダマスが近衛隊の武官服を身に着け、佇んでいた。

「アダマス、少し怖いな……。皆の期待が……思ったよりも大きいようだ……」

「大丈夫ですよ皚さま。何があろうとも私がお守りいたしますから」

 彼らには確かな絆があった。

「アーテル、兄上とアダマスって……凄いよね……。信頼し合っているのが見て取れるもん。あの二人は凄いよ……」

 羨望の眼差しを皚に向ける黎に対し、アーテルは何かをじっと見つめている。

「アーテル?どうかした?」

「いえ……ただ、不穏な何かが……」

「え……一体何が……」

「分かりません。ですが……何かが起こるかも」

 アーテルはそう告げ、再び“感じる”ほうへ視線を移す。

 なんだ……一体何が……。

「まさか……この感じは“異能”なんじゃ……」

 彼の瞳は普段とは打って代わり、鋭く獲物を前にしたキツネそのものだった。

「皚さまが皇帝になられた瞬間にとは、さすがにタイミングが良すぎる。狙っているのか……?」

 アーテルは民衆の期待と歓声を受ける皚を他所よそに、を見つめている。

「黎さま、少し気になることが。なので、あれを追ってきます。黎さまも危険を感じたら、強く念じてくださいね。すぐ戻りますから!」

 彼はそう言い残し、を追う。

「皚さまが傷つけば黎さまが悲しまれるんだ……私はそんなお姿、見たくない……」

 アーテルは必死に走り、が強く感じられるところまで追いついた。

 そこは帝国のほぼ中心。

 神聖山の麓にあたるところだった。

 そして……獣人たちが姿を隠した場所。

「どうしてここから……ここにはもう誰もいないはずなのに……」

 彼は山を登っていく。頂上付近には、かつて自分たちが身を隠していた洞窟がある。もしかしたらそこに何かが……と、一心不乱に山を登った。

「変化すれば簡単に登れるのに、さすがにここで変わるのはな……」

 この神聖山は人はおろか、動物でさえ生息できない山だった。

 険しいだけでなく、神聖山の天上の天候はいつも突然変わる。頂上付近は雲の近くと言うこともあって酸素も薄い。だからこそ、この神聖山は獣人の彼らが身を隠すにはもってこいの場所だった。

「ここを登ってきた先代皇帝は凄い人だったんだ……」

 彼は呟く。

「きた……!この感覚……まさか……」

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