後編
次の日、学校からの帰り道。俺ら三人はK川に立ち寄った。俺は、前夜の恐怖がまだ頭から離れず、川べりに近付くことができない。
通学路を一緒に歩いていた純一と光太郎は、固い表情をしていた俺をはやし立てた。だから俺は、弁解するべく人魚に遭遇した話をした。
光太郎は臆病な質で、俺の話を怖がりながら聞いていた。一方、純一は俺の体験を面白いと思ったみたいで、目を輝かせた。
「ワシも見たかったのう!」
「ふざけんなや。俺、死んだかと思うたわ」
「なあ、何で起こしてくれんかったん?」
「ワレも起きとったじゃろうが。覚えてないのが信じられんわ」
純一の呑気さに呆れて俺はため息をつく。
俺があの時純一を引っ張っていなかったら、きっとオバケハゼの人魚に食われていたはずだ。
いや、もしかしたら、先日純一がオバケハゼにしたように、頭を落とし、腹を裂かれて、川に捨てられた可能性だってある。
相手が魚とはいえ、無駄に殺しをしてはいけないのだと俺は学んだ。惨たらしい行為をすれば、いずれしっぺ返しが来る。今回は助かったが、運が悪ければ死んでいたかもしれない。
何にせよ、こうやって笑い話にできているということに、俺はホッとしていた。
「そういや、竿忘れたな」
俺は独りごちる。前夜は泣きながら家に逃げ帰ったため、竿のことなど頭から抜け落ちてしまっていた。
「ちょっと俺、竿探してくるわ」
光太郎が言い、草をかき分けながら川べりへと向かう。俺と純一は、ガードレールに寄りかかって光太郎の姿を目で追った。
明るい昼間ならば捜し物も容易だ。程なくして竿は見つかった。光太郎は三本の竿を持ち上げると右肩に担ぎ、俺と純一に手を振ってみせる。俺らもひらひらと手を振った。
その時、見えた。
濡れた髪と、ギョロリとした目玉。恐ろしい人魚が水面から顔だけ出して、光太郎の後ろ姿をじっと見つめている。
俺はサアッと血の気が引いた。
「光太郎! 後ろ!」
慌てて光太郎に向かって叫ぶ。
その瞬間、人魚は音を立てずに水の中へと沈んでいった。波紋だけが川に広がる。
光太郎は遅れて後ろを振り返る。光太郎の目には何も映らない。
「なんじゃ。脅かすなや」
光太郎は快活に笑い、釣竿と共に俺らのところまで戻ってきた。
俺は純一と顔を見合わせる。
純一も同じものを見たらしい。顔は真っ青、唇は震えていた。
その後、急いで家へと逃げ帰ったのは、言うまでもない。
オバケハゼを釣り上げた LeeArgent @LeeArgent
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