後日談とエピローグ


「まずは、三日間お疲れ様でした」


 まひるが二人にお茶を渡した。水瀬さんは会釈しお茶に一口つけた。華村カナはうつろな目でどこかを見つめている。


「さて、華村さんには自己紹介からしないといけませんね。私は遠山。今回のデスゲームの担当者です」

「デスゲーム……?」

「はい。信じてもらえるかわかりませんが、この会社ではデスゲームを企画し運営する事業があります。今回はその一環です。水瀬さんは、依頼人です」

「黒幕はさすがに盛りすぎたかなw」

「……」


「そして、気づいているとは思いますが、今回のデスゲーム……いえ、人狼ゲームの標的は華村カナさん。あなたたちのグループです。心当たりはありますね?」

「ていうかさっきだいたい言っちゃったけどね、カナちゃん。ぶっちゃけいじめはウザかったけど家の力を使えばいつでもどうこうできたんだよ。そしたら鴨志田っていうおじさんと会ってさ、その人がデスゲームっていう面白そうなもの作ってるって言うから利用したんだ。まさに鴨がネギを背負ってきたって感じだね」


「水瀬……」

「ん?」

「あなたは……何者なの……?」

「私?知ってるでしょ?ただの有力議員の娘だよ。一般女子高生」

「何をご謙遜を。水瀬さんにはK町の女王という異名があるじゃないですか」


 キッとこちらを水瀬が睨んできた。


「……随分調べたんですね、依頼者なのに」

「ええ、まあ……あなたはK町のパパ活を裏で仕切るほどの大物でしょう」

「え……あの……!?」

「先ほどあなたたちの間の裏切りの理由を水瀬さんはごまかしていましたが、違いますよね。本当は自分の縄張りを荒らしに来た害獣を追っ払ったにすぎない」

「……」

「事実、過去にも似たような事例があります。K町に団体できた女子高生軍団を己のコネを使い追い払っています」

「遠山さん」


 水瀬の声色が震えている。怒りをあらわにして遠山に吐き捨てた。


「私は客ですよ?そんなどうでもいいこと話して、何が言いたいんですか?それよりこれからのこと話しましょうよ。この哀れなお猿さんの出荷先の話を」

「……そうですね」

「出荷……!?」


「デスゲームを行うにあたり、今回のように参加者の一部が生き残ってしまう事例が往々にして発生します。また、同じく今回のように急遽参加者が足りなくなる、ということも少なからず発生します。まあ、依頼人が参加者を殺す、という話は前代未聞ですが」

「すいませんでした~」

「……続けましょう。そこでわが社ではいつでも使える人材をデスゲームの生き残りから集め、有事の際に使うシステムを採用しております。通称D組という補充人員です。シオリさんとカオリさんが今回で言うと該当します」

「あの二人が……」


 だから死ぬときの反応がおかしかったのか……とカナは納得した。


「今回の人狼ゲームでD組が減ってしまいました。そこで、人数を補充する必要があるんですよ」

「まさか……」

「そのまさかだよカナちゃんw助かると思った?本気で生き残れると思った?相変わらず考えがあま……」


「今回のD組補充要因は水瀬マキさん、あなたです」


 遠山の一言で会議室は静まりかえった。少しして、水瀬が立ち上がり激昂する。


「はぁああああ!?????何言ってんだお前ェ!!!!」

「それがあなたの素ですか、水瀬さん」

「てめえ、ふざけん……」


 水瀬が遠山に殴りかかろうとした瞬間、まひるが手を抑えシャーペンの先を水瀬の喉元に突き立てる。そして、そとで待機させていた殺し屋部隊が一斉に中に入り水瀬へ銃口を向けた。


「……水瀬マキ。あなたはやりすぎた。社会とは、たかだか小娘一人に振り回されるほど甘くない」

「て、てめぇら……」


 カナは茫然としている。状況をよく呑み込めていない。


「説明していませんでしたね、そういえば。鴨志田さんも教えなかったらしい。D組はね、言わば刑期を全うする拘留所。警察の施設なんです。実はこの会社、一部の警察官僚と仲が良くてですね、どうしようもない死刑囚や凶悪犯なんかをこっちで処理する代わりに見逃してもらうという大人の関係を築いているんです。その一環で、特殊な拘留所をわが社に設立しているんです。それがD組ですね」

「そ……それがなんだってんだよ」

「ここで起きた犯罪を立件し公的な手続きを踏んで初めてD組に生き残りの参加者は名を連ねるという意味です。たとえば殺人や殺人未遂ですね。さて、水瀬さん」


 遠山が水瀬を睨みつける。


「あなたの罪状を確認しましょうか?」

「……ッ!」


 水瀬の罪状。人狼としてシオリ・カオリ・ハル・マドカを噛み、エリ・エリカを吊った。そしてサクラの殺人。今回の人狼ゲームのカナ以外の参加者すべてに対し殺人の容疑がかけられる。


「そして水瀬さん、先ほどK町の女王について話しましたよね。実は、懇意にしているK町の極道事務所、さらにK町担当の生活保全課から苦情が来てるんですよ。一人の権力を持った女子高生に町を荒らされている、と。その人たちはうちの社長と仲が良くてですね……」

「もういい!!!!」


 水瀬が怒鳴る。これだけ拳銃を向けられ、喉元には鋭利なものを向けられているのに、相変わらずの胆力だ。


「わかった……わかったよ……でも、遠山さん、忘れてない?私の父親を!叩けば埃どころじゃないとんでもない汚れがありそうなこの会社が、パパに逆らわない方がいいんじゃないの!?」

「ああ、その妄言ですか」

「なにぃ!?」


 遠山は一枚の紙を取り出した。紙には水瀬家家系図とある。


「これは水瀬家の家系図をまとめたものです。ちゃんと現代まであります……が、

「え……」

「水瀬さん、一つ質問なのですが……あなたのお母さまは、何て名前なのですか?」

「あ……ああ……」


 横の水瀬が震えだし、冷や汗を流し始めた。

 確かに、水瀬のお母さんの話は聞いたことが無かった。


「水瀬さん。あなたは水瀬家の血筋は引いているかもしれない。ですが、それは妾としての立場、ですよね?」

「ちがう……私は……パパの……パパの自慢の娘……」


「あなたのお母さまは水瀬家に勤める使用人だった。ある日、主人が使用人に手を出した。当然許されることではない。お母さまは屋敷を離れ、マキさんを出産した。体が弱かったお母さまはその後病死。マキさんの出産を知ったご主人はすぐに赤ん坊を屋敷に連れ帰った。なぜなら、主人の妻に子供を授かれなかったからです。マキさんは主人の元で何不自由なく暮らします。が、マキさんが小学生になったあたりで、主人の奥さんに子供が生まれます。正真正銘の水瀬家の子供が。その辺りから、マキさんは家に居場所がなくなった。そこで新しく居場所として選んだのが夜の歓楽街だった……」


 カナは思わず息を呑んだ。思った以上に壮絶な人生だ。


「マキさんにとっては転機でした。なんせマキさんは天性の魔性の女。その美貌と男が喜ぶ仕草を完璧に覚え、徐々に才覚を現したそうですね。そして、水瀬家の名前を使い、今に至ると」

「それが……なによ……パパは……本当に私を愛してた!確かにあのクソガキができてからは構ってくれなくなったけど、それでも今まで何回かパパ活してて危なくなったら助けてくれた!」

「ではなぜ、優木サクラさんが持っていたK町の女王としてふるまわれているデータをすべて消したのですか?」

「それは……」

「あなたのお父様は、娘がパパ活をしていることなんて知りませんよ。あなたの尻ぬぐいをしていたのは、そしてこの話を教えてくれたのは、あなたと肉体関係にある使用人です」


「あっ……」


 水瀬が崩れ落ちた。


「同じ手口ですね。使用人を脅し、利用する……あなたに今訪れている困難は、これまであなたが舐め腐ってきた社会からの報復ですよ」


 そう言って遠山はもう一枚の書類を差し出した。


「これは……」

「あなたの父にこれまでのことを報告しました。証拠と共に。一応こちらとしては身柄を変換する代わりに多額の補償金で手切れにすると申したんですけど、するとですね、こんな紙を渡されてきまして」

「……ぜつ、えん、じょう?」

「あなたの父は、あなたを愛していませんでした」


「あ、ああ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」


 タカが外れたように水瀬は泣き出した。


「……話は終わりです。エリさん、あとは任せていいですか?」

「は~~~い!あ、マキちゃんお久~~~」

「あ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

「全然気づかないや☆」

「え、エリさん……なんで……」

「お!こっちにも知り合い一人!実は私のは直前で仮死状態になるブレスレットになっててさ~、あ、私は補充班の班長やってます!」

「あの死体は……」

「人形です」


 遠山はエリに一礼し、連れていかれる水瀬の背中を見送った。


「さて、華村カナさん。あなたにも見せなければならない書類があります」


 机に出された紙には、死亡届と書いてある。名前の欄には……私の名前が書いてあった。


「華村カナは死にました。これまでの人生はすべて捨ててください。戸籍も名前も何もありません」

「えっ……それでどうやって」

「わが社が居場所を用意します。まひるさん、あとはお願いします」

「は~い!じゃあカナさん、これ渡すね!」

「これは……本城家について……?」

「あなたはこれから、本城の一族になるの!」



 そこまで聞いて、遠山は席を立った。





 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 あれから、私は殺し屋になった。と言ってもまだ見習いで、毎日勉強と訓練の繰り返しだが。


 華村カナは死んだ。新しくつけられた名前は本城ユイ。


 正直、外界になんの未練もない私にとっては、本当にラッキーだった。なんでも社長が人狼ゲームを見ていて私の勝気な性格を気に入ったらしい。水瀬には根拠のない自信と言われたが、見る人それぞれで私の意味は違うのだ。


 水瀬は……分からない。生きているのだろうか。D組はそもそも人として扱われないらしく、男女関係なく同じ独居房に入れられるらしい。噂では水瀬と内通していた鴨志田という男もD組に落ちたとか。


 だがD組にも救済措置はある。10回連続で生き残れば恩赦が与えられるらしい。ちなみに前例はいない。シオリさんとカオリさんは7回目だったそうだ。


「よし……筋トレ終わり」


 私は今生きている。やっと、本当の意味で生き返れた気がする。だけど、あの人狼ゲームで背負う十字架は、一生私の方に乗るだろう。それでいい。私は許されてはいけない。まがいなりにも水瀬をいじめてしまったのは事実だ。禁止されているパパ活をしたのも事実。そして。自分の意志で、エリカを殺したのも。ハルもマドカもそうだ。


 こうやって毎日必死に生きることが贖罪になると信じて、私は今日も汗を流す。




 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「な~に黄昏てるんですか?せんぱ~い」

「うわっびっくりした……まひるさんか」


 弊社では中庭という休憩スペースがある。基本地下に建造物が多いため、太陽光を浴びるための憩いの場だ。と言っても、ガラスで囲い人工植物を植えただけのパチモンだが。


「休憩長いっスよ……サボりですか?」

「バカ言うなよ……次の企画が思い浮かばないから気分転換に来てただけ」


「ふ~ん、あ、そうだ先輩!改めまして……」


 まひるが畏まって礼をする。


「チーフ昇格おめでとうございます!」

「あー……どうも」

「反応薄っ!」

「いや、まあね」


 人狼ゲームは後処理も含め無事終了した。予定にないD組の死も、まあそれが彼女らの運命だろうと社長と部長にフォローされた。クライアントは大絶賛で、特に最終的に最大数の死体が発生したからか、S.J様はたいそう喜んでいた。K.T様に関しては「たまにはこういうのもいい」というお言葉を頂いた。


「まーだ水瀬の後処理のこと気にしてんすか~?いいじゃないですか!あんな極悪人!」

「まひるさん、この会社で善悪とか正義とかいう言葉は使うな」

「おっとこりゃ失敬」

「正義も悪も無い……なんてことは分かってるけどさ……やりきれないよなぁ……」

「でも先輩」

「ん?」

「水瀬を身辺調査して後処理を考えてる時の目、なんか楽しそうでしたよ」


 ―――濁り輝いていたぞ


 ふと部長の一言を思い出した。


「ねえまひるさん」

「なんです?」

「僕の目、どう思う?」

「うーーーーん……疲れ目ですね!」

「……そっか」


 ベンチから立ち、事務所へ戻る。


 次のデスゲームが、遠山を待っている。

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デスゲーム運営会社におけるデスゲーム殺人事件の顛末について イカダ詫び寂 @ikada_wasabi

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