巻三 良いか、よく聞け。ワシの名は


 謁見の間を出てから城を出るまで、おおよそ十回は逃げた。

 城を出てから城下町を出るまで、さらに十回以上逃げた。


 この世界の城下町は、まるごと石の壁で囲われておった。我が国における堀の代わりになっておるようじゃ。



 城門を抜けたとき、再びあの無機質な声が頭に響いた。


〖レベルアップしました〗


「れべ? ええい、異国の言葉を使うでないわ!」


〖訂正。成長しました〗


「成長、じゃと?」


〖成長方針が≪逃亡≫のため、逃走によって経験値を獲得します〗


 わからん。

 我が国の言葉のはずなのに……まったく意味がわからん。


 とりあえず、逃げると成長するらしい。

 なにがじゃ?


〖現在のステータ……能力値を表示します〗


 ◇ ◇ ◇ 能力値 ◇ ◇ ◇


 LV:2

 HP:31/31

 STR:23

 VIT:21

 AGI:32


 技

 ・閃光

 ・倍速移動


 技取得点数:2


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 読めん。

 技より上がサッパリわからん。

 やり直せ!


 ◇ ◇ ◇ 能力値 ◇ ◇ ◇


 成長度:2

 体:31/31

 攻:23

 守:21

 速:28


 技

 ・閃光 2/15

 ・倍速移動 16/30

 ※技使用回数は一刻に1回復する


 技取得点数:2


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ふむ。これならわかる。

 体は体力、攻は攻め、守は守り、速は速さ。

 逃げるほどに、この数字が上がるということじゃな。


〖相違ありません。ただし、成長方針が≪逃亡≫のため「速」しか上昇しません〗


 言われてみれば速の値だけ他より高いな。

 ん? もしかして、声に出さなくても意思疎通が出来ておる?


〖心に思うだけで意思疎通に問題はありません〗


 そうならそうと、もっと早く教えてくれても良かったのに。


 …………。

 ………………。

 ……………………。


 都合が悪いとだんまりになるんじゃな、コイツ。




「そこまでだ。勇者よ」


 天気が良かったから川べりをノンビリと歩いていたら、ガラガラ声に邪魔された。

 ガラガラ声の主は牛頭のムッキムキ大男。

 牛の皮を頭から被るとは……珍妙な文化もあるものじゃ。


 なんによせ、面倒ごとはゴメンじゃ。

 うまく知らんぷりして切り抜けられんものか。


「なぜ後ろを振り返るのだ、勇者よ。我はここにいるぞ」

「ユウシャ? 人違いじゃよ」

「いや、間違いない。キサマが勇者だ」


 すっとぼけてみたが、ダメじゃった。

 こやつ、なぜかワシをユウシャじゃと確信しておる。


 なんなの?

 ワシの手配書でも回ってんの?


「キサマは、そのへんの戦士とはオーラが違う」

「おう……ら?」


 よくわからんが、牛頭にはユウシャの区別がつくらしい。

 しかし、ユウシャと呼ばれるのはどうにも気持ち悪い。


「ワシの名はユウシャなどではない。良いか、よく聞け。ワシの名は――」

「名など要らぬ。我は魔王軍四天王がひとり、ミノタウロス。勇者のクビ、貰いうける!」


 ヤツの名はミノタウロスというらしい。珍妙この上ない。

 そして、ワシの名は聞こうとせんのにお前は名乗るんじゃな。



 ミノタウロスと名乗った大男が、これまた大きな斧を構えて腰をおとした。

 それを見て、ワシも素早く動けるように腰を落とす。


 ぶつかり合う視線。


「勝負だ! 勇者よ!!」

「閃光! からの倍速移動じゃ!」


 もちろんワシは逃げ出した。



 

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