巻四 腹が減っては戦はできぬ


「逃げるか、卑怯者!」


 ミノタウロスとやらが叫んでいる声が遠くから聞こえる。



〖成長しました〗

〖成長しました〗


 筋骨隆々の身体が重いのじゃろうな。


〖成長しました〗

〖成長しました〗


 ドスドスと地響きは伝わってくるが、距離はどんどん離れていく。

 後ろを振り向くも、もうあの牛頭は見えない。


 地響きも消えた。もう安心じゃ。


〖成長しま――〗


 うるさいわっ!!

 さっきから『成長しました』『成長しました』と、何度も何度も。

 一回言えばわかるわいっ。


〖たくさん成長しました〗


 たくさん、とな。

 なるほど、そういうことじゃったか。

 ならば能力値を確認しておこう。


 ◇ ◇ ◇ 能力値 ◇ ◇ ◇


 成長度:15

 体:31/31

 攻:23

 守:21

 速:119


 技

 ・閃光 6/20

 ・倍速移動 25/40

 ※技使用回数は一刻に1回復する


 技取得点数:15


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 たしかに『たくさん』成長したようじゃ。それも「速」だけ。


〖技の取得を推奨します〗


 ふむ。どのような技があるのじゃ?

 ああ、人が傷ついたり死んでしまうような技は要らんぞ。


〖技のリス……目録を表示します〗


 目の前に様々な技が表示される。

 それぞれの技に必要な技取得点数も。



 ワシは目録を吟味して、技を選ぶ。

 これとこれと、これ。それから、これもいいな。


〖技・眠りの芳香を解放。技取得点数を3消費します〗

〖技・変わり身の術を解放。技取得点数を3消費します〗

〖技・守りの壁を解放。技取得点数を4消費します〗

〖技・透明化を解放。技取得点数を5消費します〗


 閃光のような敵を無力化する技も良いが、守りの技を多めに取得しておいた。

 どれだけ成長しても「速」しか上がらないのは危険じゃからな。


 ぐううぅぅぅぅ。


 腹が減ったのぉ。

 そういえば、この国に来てから何も口にしておらんかった。


 腹が減ってはいくさはできぬ。

 戦をする気はさらさら無いが、逃げていても腹は減る。


 技を使うたびにどんどん腹が減る。


 食べ物を手に入れたいが、金がない。

 いや、大判小判を持っていたところで、この国では使えんかったじゃろう。


 さっそく、新しく手に入れた技で食料を調達するとしよう。




 少し歩いて、いまは森の中。

 うむ。珍妙な国ではあるが兎や鹿がいるのは我が国と同じか。


 透明化して後ろから近づく。

 標的シカまで、あと五尺(約1.5メートル)ほど。


 ザッ!!


 ……逃げられた。

 左様か。透明化しても気配までは消せぬようじゃ。


 ならば……。


「眠りの芳香」


 ふわりと甘い香りが漂いはじめた。

 ワシの身体から出ておるんじゃろうか……、変な気分じゃ。


 そろそろかの。

 草をかき分け、鹿が逃げた先へと向かう。


「おお。ちゃんと眠っておるな」


 そこには、気持ちよさそうに眠りこけている鹿がいた。


 なんとも久方ぶりの光景よ。

 鷹狩たかがりを禁じて以来、自分で獲物を獲ることなどなかったからのぉ。


 本来ならば動物とはいえ殺生は避けたいところじゃが、生きていくために最小限必要な範囲であれば御仏もお許しくださるじゃろう。


 懐から小刀を取り出し、鹿にトドメを刺す。




 さて、……皮はどう剥ぐんじゃったか。

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