巻五 ワシは戌年の生まれである


 動かぬ死体となった鹿を前に、小刀を差し込んでみては「なんか違うな」と途方に暮れること半刻。


 ワシは自ら解体することを諦めて、人を探すことにした。


 城下町に戻ることは出来ぬが、どこかに農村くらいはあるじゃろう。

 鹿と交換で食料を貰うも良し、鹿を解体してもらって肉をわけるも良し。



 村を探していると、人の争う声が聞こえてきた。


「や、やめろ! 俺達は魔王軍ではない!!」

「うるさいっ! 亜人は皆殺しだ!!」


 皆殺しとは物騒じゃのぉ。


 しかし、『あじん』とはなんじゃろうか。

 異人いじんならば知っておるが……。


「透明化」


 姿を消して騒ぎの場所へ向かう。


 槍を構えて「皆殺しだ!」と叫んでいるのは、この国の兵じゃ。

 彼らの装備には見覚えがある。


 二人組の兵に槍を向けられているのは三人の親子……犬?


 さきほどのミノタウロスは頭だけ牛じゃったが、この者達は身体にもふさふさの毛が生えている。

 頭は犬。じゃが、その身長や身体つきは人と変わらず、二足で立ち、前脚の代わり両の腕があった。


 さしずめ、犬人いぬひとといったところか。


 犬人の親子に、凶刃が迫る。


「死ねえええぇぇぇ!」

「ひいいぃぃぃ!!」



 突然じゃが、ワシは戌年の生まれである。

 したがって、数多ある命の中でも『犬』は特に優先度が高い。


 犬人は犬であり、人である。

 つまり、この家族は必ず守らねばならぬ。


「守りの壁じゃ!」


 ワシの新技、お披露目である。

 犬人の親子の足元から、地面がせり上がり、またたく間に壁が生まれた。


 兵が突き出した槍は、土壁に深く突き刺さった。


「な、何者だ!?」

「キサマは……勇者ミドモ!」


 あれ? ワシ、見えとる?

 あわてて自分の両腕に目をやると『透明化』が切れていた。


 ほかの技を使うと『透明化』は効果を失うのかもしれない。

 今後は気をつけるとしよう。


「お、俺達を助けてくれるのか?」


 犬人の男が驚きの表情でこちらを見ている。

 もちろん、助けるとも!


「当たり前じゃ! このような非道、みすごせるものか!!」

「おお! 勇者ミドモ様!!」


 犬人の表情が驚きから感動へと変わっていく。

 じゃが『勇者ミドモ』という名に感謝されるのは気に喰わん。


「ワシは勇者ではないし、名もミドモではない。ワシの名は――」

「きさまっ! 王に逆らって魔王軍と戦わずに逃げ出すだけじゃ飽き足らず、我々に敵対するつもりか!?」


 またしても邪魔が入った。

 ワシは名乗らせてもらえない呪いにでもかかっておるのじゃろうか。


 割り込んできた兵の表情は憤怒一色。

 こういうときは先手必勝じゃ。


「うるさいわっ! 眠りの芳香!!」

「むっ! なんだ、このあ……まい……にお……ぐーーー」


 眠りの芳香は兵士ふたりを夢の中へと落とした。


 ついでに、犬人の親子も爆睡していた。

 このまま置いていっては、目覚めたときにさっきと同じことの繰り返し。


 じゃが、しかし……。

 

「これ、ワシが運ぶの?」



 ワシはがんばって親子三人を森まで運んだ。

 齢六十を越えた身には過ぎた労働である。


 目を覚ました犬人の男は、助けたお礼に鹿をさばいてくれた。

 ついでにさばき方も丁寧に教えてくれた。めっちゃ助かった。


 これで、この国でもなんとか生きていけそうじゃ。

 

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