巻六 合戦を見るのは初めてなのじゃ


 小刀で木の板に傷をつける。

 これで『玉』の文字は七つ目。

 つまり、この国に来てから三十五日が経ったということ。


 いつものように鹿を眠らせて捕らえた。

 解体した鹿の肉を小刀で削ぎ、焚き火で丹念に焼いていく。


「この生活にも慣れてきたもんじゃな」


 この国の兵に見つかっては逃げ、魔王軍に見つかっては逃げ、山や川で動物や魚を獲って食する生活。


 魔王軍四天王であるミノタウロスとはもはや顔なじみじゃ。

 このような毎日を過ごすことになろうとは、命尽きる前は想像もせなんだ。



「(わあああああああああぁぁぁぁぁ!!)」


 おっと、肉が焼けたようじゃ。

 ……うむ。野生的な味。塩があればもっと良かったが、贅沢は言えぬな。


「(おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!)」


 さっきから、うるさいのぉ。

 大勢の人間の叫び声……。

 ふむ、崖下からか。


「透明化」


 念のために姿を消して崖下の様子を見る。

 

「なんと。合戦中であったか」


 実はワシ、合戦を見るのは初めてなのじゃ。

 生まれた頃にはすっかり太平の世であったからな。


 それにしても。

 いや凄まじいものじゃ。

 雄叫びと剣戟の音が一帯に響いておる。


 右方の軍は……セカチ王の軍じゃな。

 あの珍妙な鎧兜も見慣れた。


 ならば左方の軍が魔王軍か。

 ミノタウロスや犬人と同じく、二足歩行の動物が暴れまわっている。


 たしか「あじん」と言ったか。


 戦いは一進一退、いや魔王軍の方がやや優勢か。

 じゃが、そんなことはワシには関係のないこと。


 いくさをやりたければ勝手にやればよいのじゃ。



「見つけたぞ。”ニセ”勇者ミドモ!」


 背後から声を掛けられ、慌てて後ろを振り向く。

 そこには、きらびやかな鎧兜に見を包んだ青年がおった。


 ん? ニセユウシャ?


 いやいや……そんなことよりも。

 え? ワシさっき、『透明化』の技を使ったはずじゃよな。


 なんで見つかったのさ。



   §   §   §   §   §



 数日前のこと。

 連戦連敗……とまではいかないが、10に6は黒星を掴まされ、疲弊していく王国に新たな勇者が現れた。


「なんとっ!! 成功したというのは誠か!?」


 セカチ王は期待と不安が入り混じった声をあげた。

 

 なにせ前回召喚されてきた勇者は、今にも老衰しそうな年寄りだった上に、魔王軍との戦いを拒否して逃げてしまったのだ。


 あれからたったの一ヶ月。

 再び勇者が召喚されたと聞いても前回の悪夢を引きずってしまうのは仕方のないことであろう。


(今度こそ、まともな勇者であってくれ)


 そう強く願いながら、謁見の間にて新たな勇者の到着を待つ。


 王と勇者の対面は至極スムーズなものだった。

 先の勇者ミドモとは正反対に、新たな勇者ユウタはとても飲み込みが早かった。


 異世界転生に関する知識が豊富で、魔王を倒すという目的も当然のこと思っている節があった。


 セカチ王は安心していつものよう勇者に命令する。


「では、勇者ユウタよ。魔王を退治し……いや待て。その前にこの国に隠れ住んでいる『ニセ勇者ミドモ』を退治して参れ!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る