【短編】なんでワシが魔王を討伐せねばならんのじゃ?【1万字以内】

石矢天

巻一 なんでワシがやらなきゃならんの?


「おお! 勇者様だ、勇者様が召喚されたぞ!」

「ユウシャ? ユウシャとはなんのことじゃ。ここは極楽浄土ではないのか?」


 目を開けると、面妖めんような衣装に身を包んだ若い男がワシの顔を覗き込んでいた。


 はて、これは一体どういうことか。

 ワシは麻疹はしかにかかって死んだはずじゃ。


 享年は六十四。病死とは言え大往生じゃった。

 ちなみに、父と兄は四十代で亡くなっておる。


「ゴクラクジョウド、とはなんでしょう?」

「む……。そなた異国の者か」


 今さら気がついた。

 面妖な衣装に気を取られている場合ではなかった。

 目の前にいる男は目が青く、髪が青色ではないか。


「異国……というよりも異世界です。勇者様」

「イセカイ?」


 なぜか異国語は理解できている。

 なのに、言葉の意味がわからん。

 イセカイとはなんじゃ。


 お伊勢様となにか関係があるのか?

 ワシ、仏教徒なんじゃが……。



「ささっ。そんなことより、王のもとへ参りましょう。王は勇者様のことを、ずっと待ち望んでおられたのです!」


 さっぱり状況がつかめん。

 王がいるということは、この若い男はその家来なんじゃろう。

 とりあえず『待ち望まれていた』と聞いて悪い気はせんな。


「うむ。そなたたちの王の元へ連れて行け」

「どうぞ! どうぞ、こちらへ」


 ワシは男に連れられるがまま、謁見の間で異国の王と面会した。




 謁見の間は広く、そして高かった。

 しかし、壁も柱も全て石造りで息が詰まる。

 総合点ならワシの城の方が立派じゃな。


「勇者よ、よくぞ参った。想定していたよりもちょっと、いや……かなり年を食っておるが。……まあ良い。我が名はセカチである。お主、名はなんと申す?」


 なにやら偉そうなヤツが、やはり面妖な衣装を着て、面妖な椅子に座っていた。


 どこもかしこも、居合わせている皆、総じて面妖ではあるが、目の前の男の衣装が最も豪奢であることはワシでもわかる。


 さすがは南蛮の王といったところか。



「なぜ黙っておる。口が利けぬのか?」


 おっと、王を無視してしまっておった。

 すまん、すまん。


「オホン。身共みどもは――」

「そうか。ミドモも申すか。うむ。では、勇者ミドモよ。魔王を退治して参れ」

「は? 魔王じゃと?」


 なんじゃ、このせっかちな王は。

 そもそも『身共』はワシの名ではない。

 対等な立場でちょっとかしこまった一人称を使っただけじゃ。


 魔王を退治?

 仏教の第六天魔王のことじゃろうか。

 その昔、武田信玄公が織田信長公をそう呼んだという話もある。

 

 しかし極楽浄土は知らんようじゃったし、ようわからんな。


「なんと!? 魔王を知らぬ? 本当にお主は勇者なのか?」

「本当もなにも、その方らが勝手にワシをここに連れてきたんじゃろうが」


 セカチ王がなにやら人を呼び寄せて、コソコソ話をはじめた。

 そやつも黒い布で頭も身体も覆った、これまた面妖な風体をしておった。



 しばらくしたら、その『黒い布男』が王の代わりにしゃべりだした。


「王に代わって申し伝える。我が国は『魔王』が率いる悪の軍勢に日々襲われている。勇者ミドモには魔王とその配下である『四天王』を討伐して頂き、我が国に平和をもたらして頂きたい」


 この世に絶対の正義や悪など存在せぬ。

 悪の軍勢とは片腹痛し。


 さておき、この国が置かれている状況は察しがついた。

 大方、『(この国が)魔王(と呼ぶ何者か)』が率いる国といくさでもしておるのだろう。


 戦が劣勢で国境の民が苅田狼藉かりたろうぜきを受けているから助けてくれ、と。

 なるほど。ワシの祖父の時代まではそういうことも頻繁にあったと聞く。


 それはそれとして、だ。




 なんでワシがやらなきゃならんの?


「イヤじゃ、断る」


 謁見の間の空気が凍った。

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