巻二 スキルとはなんじゃ?


 ワシは仏教徒である。

 仏教ではむやみな殺生は禁じられておる。


 命は慈しまねばならぬ。

 動物も、人も、等しく。


 いくさで人の命を奪うなど、もってのほか。

 ましてや他人の戦に首を突っ込むなどあってはならない。


 幼き我が子が五歳で夭折ようせつした折、この思いは確固たる信念となり、しかる後にワシは――、いや今はそんな回想をしている場合ではなかったな。



「貴様、いま……なんと言った?」


 ワシの目の前で、セカチ王が怖い顔をしていた。

 その怒りは呼び方からも伝わってくる。「お主」でもなければ、「勇者」でもなくなっていた。


 怒気をはらんでいるのはセカチ王だけではないようじゃ。

 周囲の者達の目つきも怖いことになっている。


 しかし、ワシの答えは変わらない。

 仏様の御心はなによりも優先される。


「聞こえんかったのか? 断る、と言ったのじゃ」

「そうか……。やはり貴様は勇者ではなかったようだ。衛兵、この侵入者を今すぐ捕縛せよ」



 セカチ王の命令で衛兵たちが槍を構えた。

 もちろん、ワシを取り囲む陣形で。


〖この状況を打開するスキルがあります〗


「ん? なんじゃ? この声は」


 人のものとは思えない無機質な声が聞こえた。

 辺りを見回すが、声の主らしき存在は見当たらない。


〖スキルを提案します〗


「スキ……ル? それはなんじゃ?」


〖訂正。技を提案します〗


「ふむ。技のことか」

「な、なにをブツブツ言っているんだ!?」


 こちらを見て衛兵が叫ぶ。

 どうやら、この無機質な声はワシだけに聞こえているようだ。



〖この者達を殲滅する技を提案し――〗


「いや、それには及ばぬ」


 無機質な声は、どうやらワシを助けようとしてくれているようだ。

 だが、彼らを殲滅する技というのはよろしくない。

 ここで衛兵たちを殺してしまえば、やはり『むやみな殺生』となってしまう。


「ここから逃げられる技はあるか?」


〖提案:フラッシュ〗


「ふら……? なんじゃ、それは。異国の言葉はわからんっ!」


〖訂正。提案:閃光〗


「ほお。良いな。それにしよう」


〖技・閃光を解放。スキルポイ……技取得点数を1消費します〗


「なるほど。使い方が頭に流れてくる。便利なものじゃな……閃光!!」



 謁見の間を強烈な光が襲った。

 目くらまし、いやこれは目つぶしといった方が的確か。


「ぐわあああぁぁぁ!!!! 目がっ! 目があああぁぁぁ!!」

「ぐあああぁぁぁ、焼けるううぅぅ!!」

「こ、この力、やはり本物の――ッ!!」


 その場にいた者が閃光に慌てふためく声が聞こえる。

 光が収まったとき、ある者は床にうずくまって目を押さえ、ある者は床に転がって気絶していた。 


 当然、この間にワシは逃げ出した。


〖能力の成長方針が≪逃亡≫に変更されました〗

〖能力の成長方針の変更に伴い、技・倍速移動を解放します〗

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