巻八 えどく……ごだ……とくわつ?


〖ものすごく成長しました〗


 今はそれどころじゃないんじゃ。


「ここは……どこじゃ?」


 ワシは勇者ユウタの攻撃から逃れるため『帰還』の技を使った。

 帰還というからには、どこかに帰るハズじゃが……、いま立っている場所には全く見覚えが無い。


 帰る場所がないから、無作為に飛ばされたのかもしれん。

 それならそれで。この新天地にて生きていけば良いか。


 ワシは青く澄み渡った空を見上げ、これからに思いを馳せた。 


「あれ? もしやあなたは勇者様では?」

「ワシは勇者などではないわっ!」


 ひどい空耳じゃ。

 勇者はワシを殺そうとしたユウタであろうが。


「やっぱり! 私たちを助けてくれた勇者様ですよね!?」

「ん? 助けた?」


 ワシは声のする方を見た。

 どうやらさきほどの声は空耳ではなかったようじゃ。


 そこにはひと月ほど前に鹿のさばき方を教えてくれた犬人いぬひとが立っていた。


「おお! 懐かしい顔じゃのぉ」

「おかげ様で家族三人、元気に暮らしております」

「そうか、そうか。ところで……ここはどこじゃ?」

「ここは私たちの住む村ですよ。勇者様こそ、どうしてここに?」

「さあ。なぜかは知らんが、ここへ飛ばされた」


〖技・帰還 は 仲間の元へ帰還する技です〗


 うおっ、びっくりした。

 急に話し掛けてくるでないわ。


 それにしても、今さらじゃな。

 つまり、以前助けてやった犬人が仲間と判定されて、ワシはこの村に『帰ってきた』ということか。

 初めて訪れた村なのに『帰ってきた』とは斬新なことよ。


「そうでしたか。よくわかりませんが、折角いらしたのですからユックリしていってください。勇者様」

「あぁ……。すまんが、その『勇者様』というのはやめて貰えんじゃろうか」

「そういえば以前お会いしたときも、そのようなことを仰ってましたね。お互い、まずは名乗るところから始めましょうか」


 言われて気づいた。

 ワシ、この犬人の名前も知らんかった。


 こんな状態で仲間とは片腹痛し。


「私はコボルト族のシロゥと申します」


 こやつ、犬人ではなくコボルトというのか。

 シロとは和風で良い名であるな。


「ワシは……」


 一度、辺りを見回す。周囲に人影はない。

 今度こそ、誰にも邪魔をされずに名乗りを上げられる。


「ワシは江戸幕府第五代将軍、徳川綱吉である!」


 言えた!

 ついに言えたぞ!


 どうじゃ! 驚いたか!


 冗談じゃ。驚かんことくらいはわかっておる。

 ここは異国じゃからな。……イセカイじゃったか?



「えどく……ごだ……とくわつ? すみません、長すぎてちょっと……」

「あー、よいよい。ワシが悪かった。ツナヨシでよいぞ」

「おお、ツナヨシ様!」


 こうしてワシは新たな国で友を得た。

 初めての友がお犬様とはなんとも幸先の良い。


 きっと、御仏のお導きに違いあるまい。


 じゃが、勇者と魔王軍に追われる日々は変わらん。さてさて、どうすれば極楽浄土へ行けるのか。



 ツナヨシワシ逃走たたかいはこれからだ。




     【了】

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【短編】なんでワシが魔王を討伐せねばならんのじゃ?【1万字以内】 石矢天 @Ten_Ishiya

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