わかるのはいつも

「『週3でジム』、これがシグナルだったんです。週3は要らない情報です、それをこの文章に故意に混ぜた」

「それはなんのためにですか…?」

ために、です」

「! もしかして同業者ってことですか」

「そうです、同業者同士で勧誘したら、時間の無駄じゃないですか、だからサインを送ったんです」

「避けたい相手で、かつお互い暗号の意味が分かる…それなら確かに辻褄が合いますね」

「そして、37。これはラッキーナンバーなんですよ」

「ラッキーナンバー?」

「とあるマルチ商法で成功を収めたと言われる人の誕生日、3月7日から取ってるそうです。成功にあやかろうと、彼らは3や7、37を好んで使うんです。車のナンバーでもよく見ますよ、37使っている方がいたら、その人マルチやっている可能性高いです」

「…よくそんなこと知ってますね」

「伊達に大学の講義中むさぼるように都市伝説系のYouTubeを見てなかったと言うことですね。視聴者冥利しちょうしゃみょうりに尽きます」

「…」

 鮎原が引きつった顔をした。

「でも…どうしてそれを千晶に言わなかったんですか?」

「うーん、推測ですけど、マルチだって、伝えられるほどの確証がこれだけだと持てなかった、というところでしょうね」

「なるほど…」


 会話が一旦途切れると、自然と二人で窓の外を見た。先ほどより弱くなってきているものの、まだ雨は強く降っている。


 鮎原の顔がほの暗いロビーの中、淡く形を浮かび上がらせている。薄化粧で、おしろいをしたほんわりとした頬に、ピンク色につんと張った唇。湿度が高いせいかしっとりとした首元、そして俺を見つめる眼には涙が薄く張っている。


 鮎原って、こんな顔だっけ。


 昔、大講義室の斜め後ろ、よく鮎原のうなじを見ていた。そんなことを思い出した。そうだ、あの頃の鮎原を俺はよく覚えている。


 大学生の頃は化粧も全くせず、地味で動きやすそうな服を着ていた鮎原がドレスを着ている。ドレスで少し居心地悪そうにしている様子。おそらく今も着慣れていない。着慣れていないのに、着飾っていたのなら、それは待ってる相手はきっと特別な奴で。


 そしてこのバスタオル。これはこのホテルのものだけど、が違う。店員が初めに持ってきたマフラータオルの匂いは、ホテルの何やら高級そうなウッディ系のにおいがしたのだが、このバスタオルとは違うにおいなのだ。


 スマホをテーブルの上に乗せた時、手首からふんわり香ったシャボンの香り。ただ鮎原からはおそらくコロンのようなかすかなにおいがするだけだから、単に香りが移ったにおいにしては強くて不自然に感じた。


 わざとにおいをつけた…のじゃないのか。


 同時に、鮎原の待っている奴は集中豪雨で、今日には来れないと言っていたことが頭によぎった。


 サイン。夕立が起きる前は急に冷たい風が吹くようになる。解った時にはずぶぬれになった。お互いを喰い合わないように自己紹介文に不自然な3を混ぜておく。解った時にはもう彼女はもう戻ることはなかった。そして、バスタオルに匂いをつける。


 どうしてわかるのはいつも手遅れになった後なんだろう。


 鮎原が雨音にかき消されそうなほど小さい声で言った。


「濡れたままだと風邪ひかない?」





《完》

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

水上塔 一宮けい @Ichimiyakei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ