姿を消した子猫

kamekichihiro

姿を消した子猫

「しろ」、「しろ」


「しろちゃん」




すっかり日の落ちた郊外の公園で、子猫を呼ぶ男女の声が聞こえていた




 


ある地方都市の都市銀行の支店で窓口のテラーを務めているOLの麻紀は先輩の営業の古賀と行方不明になった子猫を探していた


先週末の金曜日の夜に姿を消して、その後毎晩自分のワンルームマンションに帰ってから探していたのだが結局姿をあらわさず、思い悩んだすえ同じ支店の先輩の古賀に子猫探しを頼んだのだ


古賀は自分より5歳近く年齢が離れていたが支店では面倒見が良いことで評判で無理をきいてくれそうな気がしていた


 


「麻紀ちゃん、もう諦めたほうがいいんじゃないかな。どこか自分の居心地のよい所へ行ってしまったような気がするよ」


「そうですよね、猫は自分で新しい飼い主を求めて姿を消すことがあるらしいですね」


 


実は麻紀自身もう諦めていたのだが、この数日虚しさと悲しみが同時に押し寄せて、ただ年上の男性と一緒に過ごす時間が欲しかっただけなのだ


 


古賀は最初の内は仕事帰りになぜ支店の女子行員の飼い猫探しに自分が付き合わなければならないのか疑問に感じていたが、ふとある光景を思い出していた


 


実は先週の金曜日の4時過ぎに、支店でちょっとしたスキャンダルがあった


窓口の出納をつとめている麻紀が支店の2階のフロアに来て、営業担当支店長代理の藤井に伝票の仕訳の確認に来た時、「ひでき」と藤井の下の名前を呼んだことで女子行員が一斉にザワつき始めたのだった


地元の短大を出て入行し、持ち前の美貌と気の強さで支店の女性行員のナンバーワンのポジションである出納テラーをまかされるまでになったことで何かと妬みの対象になっていた麻紀に初めてのスキャンダルが起きてしまったのだ




麻紀はあの日、藤井に思わず「ひでき」と声を掛けてしまった時、もしかしたらこれで自分の銀行員生活が終えてしまうかも知れないと感じていた




藤井は3年前の春に営業センスの良さを見込まれて都内の拠点ブランチから新規取引先の開拓のために送り込まれて、それ以来着実に新規取引き先企業を開拓し、「さすが幹部候補生だ」と支店でも評判になっていた


こう言うエリート行員の男女関係のスキャンダルは、必ず女性側に責任を負わせる形で決着が着くのは行内では常識であった


もう「アラサー」と言われる歳になり、ベテランの域に達しつつあった麻紀はそうした行内の暗黙のルールを十分理解していた


 


騒ぎのあった日の夜、いつものように子猫と一緒に晩ご飯を食べおえてから、近くの公園に散歩に連れ出した時、子猫はいつの間にかどこかへ消えてしまったのだった




この公園で子猫に最初に出会った時、まっ白でかわいさのあまり自宅に連れ帰ってしまったのだが、最初はただ「ミャーミャー」泣くだけだった


それ以来麻紀は純白の子猫の姿に自分自身を重ね合わせて、毎日帰宅してから子猫と過ごすことが唯一の慰めになっていた


もしかしたら、自分も藤井の前に現れた子猫のようなものだったのかも知れない


 


麻紀はもう純白とは言えなくなってしまった自分の前から突然子猫が姿を消したことに、何か不思議な思いがしていた


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