空に果てしなく愛される

ミルク・ルピア/Milk.Lupia

空に果てしなく愛される

「君、大丈夫?」

静かな雨の降る日、ある山にある洞窟にて、一人の青年は、一人の少女に出逢った。

「私…?」

「え、あ、うん……」

青年の名は大場澄界《おおばすかい》。

「すっごく暗い顔してたから……」

「…貴方、何故こんなとこに?」

「雨が降ってきたから、雨宿りに…君も?」

「…」

「えっと…?」

「ねぇ、貴方…」

「はい?」

「私と…お話しない?」

「え?」

「…」

唐突な言葉に戸惑う。

「お話し…例えばどんな…?」

「…何でもいい。」

一番困る返しをされた。だが、このまま帰るのもどこか切ないので、話をすることとした。

少し奥に進むと、何かがあることに気付く。

「ボロボロの…神棚?あ、ならここかな?」

「…ちょっといい?」

「?」

少女は神棚に近付き、立ててある蠟燭に手をかざした。

「…ん。」

すると、蝋燭に火が灯り、彼らの周りを照らす。

(マッチ…は、湿気っぽいから難しい…ライター…?)

「…」

そして彼女はじっと大場を見つめる。

「えっと…」

「…お話しして。」

「あ、うん…」

(とはいっても…)

何を話すべきか…そう考えていると…

「じゃあ…」

少女は気を使ったのか、自身から話題を振った。

「何でこんな山に来たの…?こんな都会で…」

「えっと…実は…お祈りに…」

「お祈り?」

「今度友達とキャンプするから、晴れになってほしくて…」

「…」

「それで家でてるてる坊主沢山作ってたら、お婆ちゃんに神様にお祈りしてきなって…」

「…」

「この山に、天神を祀っている所があるって言われたから…多分ここだね…」

「…」

「へ、変だよね……」

自分の発言に呆れられていないか、子供っぽいと思われていないかと不安になる。だが…

「…いいや。」

「え?」

「…私も、お祈りするから」

「!」

そう言って、彼女は立ち上がった。

「…名前。教えて。」

「えっと…大場澄界……です…」

「そう……文字は…?」

「えっと…」

紙を取り出し、文字を綴る。

「大きな場、澄む世界……。」

「少し恥ずかしい…」

「…いい名ね。」

「あ、有難う……えっと、じゃあ僕お祈りするよ。」

「…うん…」

手を叩き、神棚に祈る。

「晴れますようにっ…!」

「…」

そんな彼を見つめる少女。

「ねぇ…」

「?」

「明日も…来てくれる?」

「え?」

「キャンプの日まで、毎日祈りに来て。」

「えっと…うん!いいよ!」

唐突に言われるも、祈りに来る気はあったので、そう答えた。

そして、暫くすると…

「あれ?雨…あがった?」

さっきの雨が嘘のように、空は雲一つない晴れとなった。

「わぁ!すごい!有難う神様!!」

「…!」

祈ってすぐ晴れに変わったので、神様のおかげだと彼は喜んだ。

「あ!もうこんな時間!僕もう帰んなきゃ!」

「…待って。」

「?」

「これ…」

「紙?」

文字の書かれた紙を渡される。

「私の名前…覚えてて。」

「!」

「明日、また来て……」

「うん!絶対にまた来るよ!」

「…有難う。」

そして、毎日彼らはこの場で会った。


大場のキャンプの前日……

「ねぇ空天《アゾラ》さん!」

「なぁに?」

「空天さんは、普段出かけるの?」

「?」

「いつもここにいるから…」

「家からあんまり出れない。」

「家?この辺なの?」

「…うん。」

「へぇ!」

「…」

「あ、お祈り!毎日お世話になってるからね!」

「うん…」

祈るたびに晴れる、信じられない御利益だ。

「ねぇ、澄界。」

「ん?」

ふと、彼女が話す。

「知ってる?神様に祈るときは、何かを供物として差し出すの。」

「そうなんだ!今までお供えしてないからね〜…何がいいかな…食べ物?お花?」

「私、何がいいかわかる。」

「あ、ホント?」


彼女は微笑み、優しい声で…


澄界あなた。」

「…え?」


と、一言…


「僕?」

「うん。」

「なんで?」

「あなたとのお話、とっても楽しい」

「そう?嬉しいな〜…!」

「供物、あなたが良い。」

「じゃあそうする!」

冗談のつもりで、彼はそう言って

「じゃあ…もう帰さない…」

「?」

急に空気が変わる。先程とは比べ物にならないほど、重く、纏わりつくような……

それに伴うかのように、雨は激しくなる。

「貴方はもう神様の物……」

「えっと…?」

洞窟の入口で仁王立ちする少女。

「あ、あはは……あ!雨が強くなってきたから、迎え呼んだほうがいいかな〜…」

「…?迎え?なんで?」

「す、スマホ…っと…」

スマホを取り出し、電話を掛ける。

「…あ、お母さん?」

『もしもし?すーちゃん?』

「お父さんいる?」

『どうしたの〜?』

「迎えに来てほしくて…いつもの山なんだけど…」

『何かあったの?』

「雨が強くなってきたから…そっちはまだなの?ゲリラくらいはあると思うけど…」

『…雨?なんのこと?』

「え?」


『この辺り…てか、日本全土くらいのレベルで今日は快晴よ?雨どころか雲ひとつないわ?』


「……え?」

『もしもし?どうしたの?』

外を見るとどう考えても雨だ。なんなら、雷も降り始めている。というのに、母は晴れだという。

『すーちゃん?すープツッ……ツー…ツー…』

「き、切れちゃった…電波障害……?」

山とはいえ都会の中だ。それに5Gであるにもかかわらず、ネットの柱は一つも立っていない。

「ねぇ澄界。どうか…したの…?」

「っ…えっと……」

「それより…私のものになるんでしょ…?」

「え…私の…?」

「うん。」

冗談だが、先程自分は神の供物となるといった。だが、今彼女はたしかにいった。「私の」と…

「だって…来るたびに、祈るたびに……私が晴れにしてたんだよ?」

「……どういう…こと?」 

理解が追いつかない。彼女は何を言っているのか…冗談であろうか…だが、そんな疑問は消え失せた。なぜなら…

「っ…!?その手のは…!?」

「…雲。」

雲を手にもつ彼女の姿を見て、彼女の発言が本当かもしれないと考え始める。

「何がいい…?晴れ?雪?雨?」

「まっ、待って!空天…?」

「なぁに?」

「君は…何者なの…?」

「…あなたが求めたものだよ。」

「ま、まさか神様…?」

「うん。」

さらっと凄いことを言う。

「貴方は私に自分を捧げたの。だから…」

ズイッと近づき話す。

「っ…!」

「貴方は、私だけの物…」

「!!!??!?!?」

その途端、本能なのか、異常な恐怖が彼を襲う。

「う、うわぁぁあああっ!!!?」

「あっ…」

急いで洞窟をでる。凄まじい雨に包まれながら駆ける。だが…

「うっ!?か、風!?」

強い向かい風によって進行が阻まれる。いつまでも風が止まず、進むことができない。そして…

「…どこいくの?」

「っ!空天…!」

「私の物…でしょ?」

「っ……!!」

自分たちの周りだけ雨が止む。

「ぼ、僕っ…帰らなきゃ!」

「なんで…?私のもの…なのに?」

「っ…友達と、家族が…心配しちゃう…」

「そう…その人たちが…帰る理由なの?」

「う、うん…」

「じゃあ……」

次に、街の方向に手を向ける。その方向の雨が弱まり、景色が見える。

「…帰ってもいいよ。」

「っ…!いいの…?」

「服…濡れてるね。ん…」

空天が手を向けると、温もりのある風が放たれる。ずぶ濡れだった服や体は乾いた。

「あ、ありがとう…」

「……ただ…」

またね、と言おうとするも、その前に彼女が喋る。街に手を向け、親指を下ろす。すると…

『ドンッ…!!!!』

「っ…!!??」

豪雷が落ちた。音が速くここに伝わるの威力の雷だ。しかし、そんなことはどうだっていい。大事なのは、なぜ降ったかだ。とはいえ、分かりきったことだ…

「あ、空天…君が…?」

「うん。」

「な、何で…?」

「天罰だよ。」 

「誰に…?」

「貴方が言った人たち。次は当てる。」

「!?待って!天罰って、みんな何も……」

「神の物を取ろうとしている。それだけだよ…」

「神の物…僕…!?誰もそんな…僕自身が向かってるんだよ!?」

「貴方がその者達のせいで離れるなら同じ。雷?雨?竜巻?何がいい?どれが一番苦しむ?」

「っ!待って!空天!」

「なぁに?」

「っ…ぼ、僕が、行かなきゃ…いいんだね?」

「うん…」


「じゃあ、行かない。君のそばに、ずっといるよ…」


「…!本当?」

「うん…」

「じゃあ、おいで…?あの洞窟に…」

「うん…」


「ねぇ、名前の紙持ってる?」

「うん…」

その紙を手に出す。

「そこに書いてあるのが、この神棚に書いてあるの。私はこれに宿ってる。」

(やっぱり…)

「空天…」

「なぁに?」

「今から、酷いことするね…天罰なら、僕が受けるよ。」

「?」

「………っ!!」

紙を持っている手を強く握り、振り上げる。

「ごめん…!」

神棚に拳を振り下ろす。

「いっ…!」

ボロボロの神棚は、彼の拳で容易く壊れた。

「っ!!」

「君が宿るこれを壊せば…」

「うっ…あぁっ…」

「…」

危険な存在とはいえ、彼は今、友を殺すに等しいことをした。だが…彼のその決意は、彼女の策にハマっていた…

「…!熱っ!?何っ…?」

「ふふっ…あははっ…」

「…?」

「私達は神棚に宿るのではないの。名の刻まれた所を選び、最初に選んだところが宿る場所…一度選んだところが壊されたら…次に選んだところが…!」

「っ…!!」

手を見ると、横文字が焼き刻まれていた。

『神ノ空天』

と…。これは神野という字がかけなかったのではない。これが正しかったのだ。彼女の真名が刻まれた。つまり…

「貴方が私の宿る場所。…ずっと一緒よ……!」

「っ…!」

この上なく焦るも…

(名が刻まれたところが宿るとこなら…)

鋭い石を拾い、振りかぶる。だが…

「動かない…?」

「私はね…空を…空にある命なき者すべてを司るの。」

空気が固まり、手を止めた。彼女は彼に近づき、強く抱きしめる。

「空天…?…っ!?何…」

彼女は彼の体に溶け込むように入り込む。

(体が、動かない…!?)

やがて彼の意識は途切れた…だが、それでも話し始める。

「待ってて……澄界…貴方を私だけの物にする…その為に…貴方を…」


「一人にする…」


そして、彼…いや、彼女は彼のいた、彼の大事な人たちの所に向かった。


めでたしめでたし。

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