3. 少年時代②
「いらっしゃい。……聞いたわよ、冒険者になるんですってね」
カウンターに立つ看板娘に、いつになく不機嫌な顔で言われた。
彼女は腰まで伸びた金色の髪を揺らして、カウンターテーブルの奥でせっせと商品の整理をしている。
彼女の視線は、僕を一瞥した後にすぐに手元へと戻ってしまった。
「今朝、ブルーポーションを仕入れることができたの。例によって値段は上がってしまっているけれど、ぜひ買っていってね」
今日来店したのは、父さんの頼みだからじゃない。
だからこそブルーポーションが入荷している事実はありがたかった。
僕は彼女に礼を言うと、すぐにポーション棚にある青色のガラス瓶を手に取った。
僕が冒険者になることを決めたのは、つい先日のこと。
15歳の誕生日を迎えた日のことだ。
大陸各地で日に日にモンスターの勢力が増していき、各町の冒険者ギルドは各国の軍と共同して、モンスターを人里に近づけないように広大な警戒網を敷いた。
けれど、冒険者も王国兵もモンスターに対して無敵なわけじゃない。
多くの戦士が傷つき、倒れ、死んでいく。
僕の父さんも無理を押して戦い続けて、とうとう瀕死の重傷を負って帰ってきた。
よりによって、僕の誕生日の前日に……。
「お父さんの容態はどう?」
彼女は仕事を続けながら尋ねてきた。
父さんは重症ではあったものの、幸運にも戦場で
昔からモンスターとの戦いに必須な
けれど、利き腕と片足を失い、もう戦うことはできなくなってしまった。
そのことを彼女に伝えるのは気が進まなかったので、僕は順調に回復しているとだけ伝えた。
遅かれ早かれ、父さんの親友である彼女の父親から話は伝わるだろうけど……。
「そう。無事でよかった。本当に……」
ふと僕の耳に
カウンターテーブルに向き直ると、彼女は手を動かしながら頬に涙を伝わせている。
この町でもモンスターの被害は出ている。
犠牲者の中には彼女の親戚や友人も含まれているので、僕の父さんのことでそれを思い出したのかもしれない。
……嫌な空気だ。
「きみは才能ないんだから、あまり頑張り過ぎちゃダメだからね」
彼女は涙を拭うと、再び手元を動かし始めた。
彼女は昔から僕が冒険者に向いていないと言っていた。
僕だってそう思う。
でも、父さんをあんな目に遭わされて、しかもこの町も安全じゃないと理解して、黙ってなんかいられない。
今や僕と同世代の男は多くが衛兵に志願したり、冒険者になる努力をしている。
すべてはこの町を――大切な人を守るためにだ。
僕だって例外じゃない。
僕は必要なポーションを買い物かごに詰めて、彼女の前へと運んで行った。
そして、このポーションを持って、国の騎士団が冒険者ギルドへの支援を行っているという隣町へ行くことを話した。
その町でなら、手っ取り早く冒険者の訓練も受けられて、その資格も得られるはずだからだ。
「……これ、持ってって」
そう言うと、突然彼女はトレードマークの赤いリボンを解いて僕に渡してきた。
「そのリボン、私のお気に入りなんだから必ず返しに帰って来てよね」
でも、どうしてリボン?
こんなもの男の僕がつけていたら馬鹿にされてしまう。
不本意ながらそれを指摘すると――
「きみ馬鹿なの!? 手首に巻くなり、懐に入れておくなり、いくらでも身に着ける方法はあるでしょっ!」
――突然怒られたので、ちょっとむかついた。
でも、彼女の気持ちは嬉しかった。
僕の家族はもう父さんしかいない。
世話になった知人や同年代の友人は、みんなモンスターの少ない土地へ行ってしまった。
昔から僕を知っていて親しい人は、この道具屋の親子だけだった。
特に彼女とは付き合いが長い。
だからこそ、この贈り物のおかげで勇気が湧いてくる。
きっと冒険者になるための鍛錬は厳しいものになるだろうから。
「どうせ冒険者になるなら、立派な冒険者になって帰ってきてよ。その時は、ウチのお得意様ってことで店の宣伝にもなるからさっ」
……まったく商魂たくましい。
冒険者の資格を得たらすぐに帰ってくるつもりなのに、彼女は僕を何年も町に入れないつもりなのか?
でも、笑顔が戻ってようやく彼女らしくなってきた。
僕は必ずリボンを返すことを約束し、店を後にした。
店を出るまでの間、ずっとカウンターの方から彼女の視線を感じて、全身がむずむずしていた。
あれだけ嫌っていた店なのに、今はこんなにも帰ってきたいと思う自分がいる。
人の気持ちって本当に不思議なものだ。
帰ってこよう。
彼女の笑顔をまた見るために。
僕はその気持ちを胸に刻みつけて、決意を新たにした。
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