2. 少年時代①
「いらっしゃいませ。……なんだ、また来たの」
道具屋のドアを開けてすぐ、憎たらしい声が聞こえてきた。
声の主――金色の髪の女の子は、客が僕だとわかってすぐにカウンターの奥にある椅子へと腰掛けてしまった。
長く伸びた髪の毛先を指にくるくると巻いては、するりと解いている。
……ずいぶん退屈そうだな。
他の客がいる時は、看板娘を気取ってハキハキとしているくせに。
僕も彼女も今年で13歳になった。
彼女はもう何年も前から父親の店の手伝いをしているけれど、僕も町のパン屋で粉
死ぬほど挽く粉が多いので、本当なら道具屋に買い物に来る暇なんてない。
だけど――
「今日もお父さんのポーションを買いに?」
――彼女が言うように、僕は父さんの代わりに店を訪れている。
近頃モンスターの討伐依頼が増えて、冒険者は忙しくなっているからだ。
彼女の質問に、僕は無言のまま頷くだけで返した。
人の顔を見ていきなり接客に手を抜く店員なんて、むかつくもんな。
「最近は西の大森林にモンスターが増えて、ブルーポーションの仕入れが難しくなってるの。今、在庫はグリーンポーションとオレンジポーションしかないよ」
僕は別に構わない、と言ってポーション棚に向かった。
彼女の言う通り、棚には緑色と橙色のポーションしか残っていなかった。
オレンジポーションは、体力回復。
グリーンポーションは、魔力回復。
一番高価なブルーポーションは、体力回復と解毒までしてくれる。
最近増え始めたモンスターとの戦いで、冒険者だけでなく町の衛兵にも回復アイテムがたくさん必要になってきている。
ポーションが品薄になると一大事だと父さんが言っていたことを思い出して、僕は今更ながら世の中の情勢に不安を感じた。
「ね。どうせなら薬草も一緒に買っていきなよ。素人でも上手く調合すればポーションを作れるし、薬草の方が安いよ?」
僕がポーションを買い物かごに入れていると、彼女が話しかけてきた。
そんな簡単に薬草でポーションを作れたら道具屋なんて潰れまくってるっての。
他の客が商品を選んでいる時は余計なこと言わないくせに、僕だけの時ばかり横から口を出して邪魔してくるんだ。
もう慣れっこだけど、うんざりする。
「きみ、もうすっかりウチのお得意さんだからね。薬草、安くしとくよ?」
買わせようと必死だな。
きっと売れ残った薬草をダメになる前に売りつけようって考えに違いない。
僕は彼女の提案を無視して、ポーション選びを続けることにした。
「ちぇっ。安値で売りつける作戦、ダメだったかぁ」
……ほら、やっぱり。
「そこの薬草さぁ、私の発注ミスで余分に届いちゃったんだよね。どうしよう。誰か助けてくれる勇者様はいないかな~」
薬草がこんなに沢山あったって勇者も困るだけだ。
そもそも自分のミスなら自分で責任取ればいいのに、僕を使って売り払おうなんて相変わらず僕を舐めてるな。
そもそも僕は、父さんの頼みで仕方なくポーションを買いに来ているだけで、本当ならこんな店来たくもないんだ。
彼女と最初に会った時、あまりの印象の悪さに二度とこんな店に来るかと思ったものだけれど、多忙な父さんの頼みを断ることもできずに今では僕まで常連になってしまった。
「ウチは冒険者向けの道具屋なの。本当なら、素人のきみに売る物なんて無いんだけどな~」
また嫌味なことを言い始めた。
嫌味を言うほど暇なら、商品をかごに入れるのを手伝えってんだ。
僕は各種ポーションを10個ずつかごに入れて、カウンターテーブルへと持って行った。
彼女の前に商品かごを置いた直後、いきなり羊皮紙を見せつけられた。
どうやら商人組合からの通達のようだけど……。
「大森林の件で、ポーション素材の薬草が遠方からの輸入に頼らざるを得ないんだって。だから今、商人組合を通して仕入れられるポーションはちょっとお高くなってるの」
モンスターの数が増えて資源の採取が難しくなっているとは聞いていたけれど、いくらなんでもポーションの値が2倍近くになるなんて詐欺もいいところだ。
もしやこの女、僕をだまして金を巻き上げようとしているんじゃ?
「はぁ? そんなわけないでしょ! この町のどこのお店も今はこの値段が正規の価格なのよ! 嘘だと思うんなら、他の店も覗いてみなさいよっ」
彼女が顔を真っ赤にして怒りだした。
……こうなると面倒くさい。
僕は悪かったよ、と仕方なく謝って彼女の怒りを静めることにした。
「ふんっ。きみはお得意様だから、他の店よりちょっとだけ安くしてあげてるのに疑うなんて酷いなぁ!」
売れ残りの薬草を売りつけようとしたくせに、よく言うよ……。
僕はお金を支払うと、荷袋にポーションを詰めて店を出ようとした。
入り口のドアノブに手を掛けた時、彼女に声を掛けられたので振り向くと――
「ねぇ。きみは冒険者になんてならないよね?」
――少し眉をひそめた、普段は見せない顔で僕に尋ねてきた。
なんでそんなことを訊いてくるんだか。
僕は冒険者になるつもりはない、ときっぱり言ってやった。
「そう。そうだよね。ま、きみは冒険者の才能なさそうだし、手先が器用なのを活かして職人にでもなったらいいんじゃない」
彼女は急に顔色を変えて、嫌味を言い出した。
僕は職人になってもお前のところに商品は卸してやらないからな、と怒鳴って店を
こんな店、もう二度と来るもんかっ!
……とは思っているものの、父さんの頼みでまた来ることになるんだろうな。
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