カウンター ~向こう側の君へ~

R・S・ムスカリ

1. 幼年時代・初めての出会い

「いらっしゃいませ」


 聞き心地の良い透き通った声が聞こえた。


 それは、僕が父さんに手を引かれて入った道具屋さんでのこと。

 狭い部屋の奥にカウンターテーブルがあって、声はその後ろから聞こえてきた気がしたけれど、僕の目には誰の姿も見えない。

 一体誰がしゃべったのだろうと思って店の中をキョロキョロしていると、テーブルの奥からひょこっと小さな頭が出てきた。

 金色の髪の毛に、赤いリボンがついている頭だった。

 見えているのは頭のてっぺんだけで、顔はテーブルに隠れていて見ることはできなかった。


「ごめんなさい、ちょっと待って。踏み台を持ってくるから」


 そう言って、テーブルの向こうから見えていた頭はすっと引っ込んだ。


 僕が今の人のことを父さんに聞いてみると、道具屋さんのカンバン・・・・ムスメ・・・だと言っていた。

 カンバンムスメって何だろう。

 8歳になったばかりの僕には、それが何を意味するのかわからなかった。 


 しばらくして、テーブルの奥でガタゴト音がしたかと思うと、また金色の髪の頭が出てきた。

 今度はしっかりと顔が見える。

 金色の髪の頭は、僕と同い年くらいの女の子だった。

 髪の毛は短くて、緑色の瞳がとても綺麗。

 ……すごく可愛い。


 その子は父さんに向かってニコニコと笑っている。

 父さんが話しかけると、女の子はテーブルに紙を敷いて羽ペンで何かを書き始めた。

 少しして手が止まり、その子は紙を持ってまた引っ込んでしまった。


 次にその子が戻ってきた時には、初めて見る大人の男の人が一緒だった。

 女の子と同じ金色の髪の毛をしているので、きっとあの子のお父さんなんだろうと思った。

 たぶんこの店の店主さんなんだ。

 男の人が来ると、父さんは僕の手を離してその人のもとへ近づいて話し始めた。

 ずっと手を握ってくれていた父さんが離れて行ってしまったので、僕は急に不安になった。

 ……その時。


「ねぇ、こっちおいで」


 カウンターテーブルに身を乗り出していた女の子が、僕に手招きをする。

 僕はテーブルのすぐ手前まで行ったけれど、そこからだと僕の背じゃテーブルが高くて女の子の顔が見えない。

 どうしたものかと思っていると――


「なんだ。きみ、思ったよりチビね」


 ――いきなり酷いことを言われた。

 僕の背は同い年の友達とそんなに変わらない。

 だから、チビというのは間違いだと思った。

 僕は文句を言ってやろうと、なんとかテーブルをよじ登ろうとした。

 すると、今度は横から女の子の声が聞こえてきた。


「何やってんの? もしかしてテーブルに登ろうとしてたの?」


 声のした方に向くと、テーブルと壁の隙間から女の子が顔を出してこっちを見ていた。

 登らなくても横からテーブルを回り込めばよかったんだとわかって、僕は途端に恥ずかしくなってしまった。


「ふふふっ。きみ、あまり賢くないのね」


 また酷いことを言われた。

 なんなんだ、この女の子は……。

 僕はとても嫌な気持ちになって、すぐにでも店を出たくなった。

 でも、隣で店主さんと話している父さんは僕の気持ちなんて知らずに、いつまでもポーションがどうとかモンスターがどうとか話している。

 買い物が済んだならさっさと帰ろうよと言ってやりたかったけれど、僕をじっと見ている女の子の視線が気になってどうにも口に出せない。


「きみ、歳いくつ?」


 今度は僕の歳を聞いてきた。

 僕は8歳になったばかり、と正直に答えた。

 すると、女の子はふふん、と笑った。


「じゃあ私の方がお姉さんね。私、もう9歳だもん」


 僕と1歳しか変わらないじゃないか。

 それなのに、なんだか偉そうな女の子にイラっとした。


「きみのお父さんは冒険者でしょ。だから私のお父さんのお店の常連さんなの。冒険に行く前に、いつもウチに寄ってくのよ」


 女の子はなんだか自慢げに話し始めた。

 僕の父さんは確かに冒険者で、ナジミ・・・の道具屋に行くと言って僕をここに連れてきた。

 でも、今日は冒険に行く日じゃない。

 ポーションのカイダメ・・・・に来たんだ、と間違いを訂正してやった。

 そうしたら、女の子は顔を真っ赤にして怒り始めてしまった。


「ポーション買いに来たんだから、同じことじゃない!」


 女の子と言い合いになった。

 少しして、口喧嘩を父さんに止められた。

 なぜか僕が謝ることになって、女の子は店主さんに僕がいじめただのなんだの、嘘ばかり言っていた。

 僕は怒りが収まらなかったけれど、父さんまで女の子に謝ったのを見て、急に自分が悪いことをしたように感じてしまった。

 だから、僕はもう一度だけごめんと謝ることにした。


 その後、僕は父さんに手を引かれて道具屋から出た。

 入り口の扉が閉まる時、ふとカウンターテーブルの方を振り返った。

 すると――


「べー」


 ――僕に向かって、女の子があかんべー・・・・・をしていた。


 なんだあいつ!

 僕は二度とこんな店には来ないぞ、と心に誓った。

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