4. 冒険者・新米時代
「いらっしゃい。……なぁんだ、今日は怪我しなかったのね」
入店早々、馴染みの店の看板娘が常連客になんて言い草だ。
「きみが怪我して帰ってきたら、その分ポーションの売り上げが上がるのに残念」
カウンターの奥で悪戯っぽく言う彼女。
冗談とはいえ、なかなか笑えないことを言うなぁ。
俺みたいな新米の冒険者は、ギルドの
こうしてポーションを買いに来れるのも、日々の節制を欠かさないからなのに。
「あ、怒った? きみ、帰ってきてから気が短くなったんじゃない?」
でも、彼女の屈託のない笑顔を見ると、そんな悪い冗談も許せてしまう。
女の子の笑顔ってこういう時にずるいよなぁ。
「ふふ、ごめんね。お詫びと言っちゃなんだけど、今日は古くなった薬草もセットでつけてあげる」
それを聞いて、俺はポーション棚に顔を向けた。
棚の横に並べられた机の上には、薬草が山盛りとなった桶が置かれている。
……こいつ、また発注ミスしやがったな。
「な、何よ!? 別に間違えたわけじゃないからね? 今月は薬草が売れるような気がしたから、ちょっと多めに……っ」
顔を真っ赤にして取り繕う彼女を見て、やっぱり変わっていないなと思った。
そして、じっと眺めていたいほどに美しくなったとも。
俺が故郷の町に帰ってきて、もうじき二ヵ月が経とうとしている。
隣町での訓練を終え、無事に冒険者の資格を得ることができた俺は、今はこの町の冒険者ギルドに登録してモンスター討伐の日々だ。
とは言え、資格取得に二年も掛かってしまった上に、まだまだ新米だけれど。
「でも驚いたわ。きみが本当に冒険者になって帰ってくるなんて。私、途中でくじけて逃げ帰ってくるとばかり思ってたもの」
毒舌も相変わらずで、ある意味安心する。
小言のひとつやふたつ言われたくらいじゃ腹も立たなくなったし、俺もこの二年で少しは成長したみたいだな。
町に戻ってきた時、俺は父の待つ実家よりも先に彼女の店へと顔を出した。
預かっていたリボンを返すため――というのは口実で、本当は彼女に真っ先に会いたかったからだ。
二年ぶりに顔を合わせた彼女は、思わず見惚れてしまうほど美しくなっていた。
彼女は俺と同じ17歳。
この地方では、女性が
けれど、意外なことに彼女は今も独り身で、特定の交際相手もいないらしい。
彼女ほどの器量よしならいくらでも縁談の話はあっただろうに……。
「そうそう。来月、私の18歳の誕生日なんだけど、覚えてる? プレゼントを楽しみにしていてもいいのかな?」
彼女は俺と同い年だが、俺より半年ほど生まれが早い。
だから18歳の誕生日はすぐだとは思っていたけれど、まさか来週だったとは……。
「あ。もしかして忘れていたでしょ?」
う~ん……。
ここは正直に答えるとマイナスだよなぁ。
でも、彼女に嘘をつくのは嫌だ。
俺は渋々ながら、忘れていたことを正直に話した。
「ひっど~い! 前は覚えていてくれたのにっ」
彼女に言われて、俺は15歳までの誕生日には毎年プレゼントを贈っていたことを思い出した。
成人前の子供が用意できる物なんて、森や川で拾ってきた綺麗な石くらいだ。
それでも彼女は毎年のプレゼントを喜んでくれていたんだった。
しかし、今の俺は新米とはいえ冒険者だ。
そこそこまともなプレゼントを用意できないこともない。
「期待せずに待ってるわ。きみ、最近冒険者の仕事で忙しいだろうから」
そう言うや、彼女は俺に微笑んでカウンター奥の倉庫へと入っていった。
俺は一人きりになった店内で、ポーション棚を眺めながら考え事にふけった。
彼女が喜ぶものはなんだろう。
今さら綺麗な石なんて論外だ。
だったら宝石……とも思ったが、女性が喜ぶような高価なものは今の稼ぎでは厳しい。
しばらく考えて、俺は不意に思い立った。
彼女の頭には今、赤いリボンが結ばれている。
長い金色の髪の毛を束ねて、ポニーテールにしてリボンを結んでいるのだ。
しかも、そのリボンは二年前に俺が預かったもの。
帰郷後、彼女にはすぐそのリボンを返したのだけれど、この二年間ですっかり生地が痛んでしまっていた。
それでも彼女は俺の差し出したリボンを受け取ってくれて、今も髪に結んでくれている。
……素直に嬉しかった。
決まりだな。
新しいリボンを贈ろう。
最高級の布で編まれたリボンなら、きっと彼女も喜んでくれる。
そして、できれば伝えたい。
ずっとずっと俺の心の内でくすぶっていた想いを……。
◇
翌月。
その時、店内ではちょっとした騒ぎが起こっていた。
「ちょっと、やめてください……っ」
大柄な男が彼女の腕を掴み、カウンター越しに無理やり引きずり出そうとしていたのだ。
周りの床には、おそらくその暴挙を止めようとして殴り倒されたであろう店主や他の常連客達が伸びていた。
「あっ……!」
彼女は俺の存在に気が付くや、助けを求める視線を送ってきた。
俺は即座に動いたが、男の肩に手を掛けた瞬間に肝が冷えた。
その男は、この町の冒険者ギルドでも札付きの不良冒険者だったからだ。
当然、男は俺に凄んでくる。
俺が新米であることも、まだまだ実力が伴っていないことも知った上で、引っ込んでいろと言ってきたのだ。
経験を積んだ冒険者の圧は凄まじく、俺はとっさに顔を背けてしまった。
早い話が、ビビッてしまったのだ。
「や、やめて! 助けて、誰かっ」
カウンターから引っ張り出されれば、彼女がどこに連れて行かれるかわかったもんじゃない。
このままうつむいていたら、俺は一生後悔することになるだろう。
そして、彼女は消えない傷を抱え込むことになる。
そんなことは……許されない。
俺は鞘に収まったままの剣を、彼女を引っ張る男の腕に叩きつけた。
直後、激昂した男が飛び掛かってくる。
しこたま殴られ、蹴られ、投げ飛ばされた。
……強い。
だけど、俺はモンスター討伐専門の冒険者だ。
同業者とは言え、人間相手に何をビビる必要がある?
そう思うと、心が楽になった。
そして――
「馬鹿っ! なんて無茶するの!?」
――冷静になった時には、ドアから慌てて逃げていく男の後ろ姿があった。
フラフラして片足を引きずる無様な敗走姿だ。
俺は全身に酷い痛みを感じたが、どうやら奴を追い払うことができたようだ。
「ほら! ブルーポーションがぶ飲みしなさいっ」
俺は栓を開けたばかりのポーションを無理やり口に突っ込まれ、首から下の痛みのある場所には薬草を擦りつけられた。
少々記憶が飛んでいるようで、俺はいつの間にかカウンターテーブルの上に寝かされていた。
顔を傾かせてみると、テーブルを伝って俺の血が床に流れ落ちており、そこそこ大きな血溜まりを作っていた。
……我ながら無茶をしたものだと自分でも呆れる。
「馬鹿馬鹿っ! なんでなんでっ! 私に血なんか見せないでよっ!!」
寝そべる俺の顔に、彼女の大粒の涙が落ちてきた。
……そうだ。
忘れないうちにプレゼントを渡しておこう。
そう思い立って、痛みを押して自分の鞄を探した結果。
肝心の中身が床の血溜まりに浸かってしまっている光景を目の当たりにした。
俺は怪我よりもその事実の方が衝撃だった。
最悪だ。全身の力が抜けていく。
ぐったりして天井を見上げた俺は、嘆くようにうめき声をあげた。
「何!? どうしたの、しっかりして! 死んじゃ嫌! 死んじゃダメぇぇ~っ!!」
……ごめん。
体はなんとか元気だけど、心がもうダメそう。
あのリボン、俺の稼ぎ二月分だぜ?
当面はポーションすら買いに来れないよ。
こんな格好のつかない状態で、告白も何もあったもんじゃないな……。
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