7. 老年時代・エピローグ
「おかえりなさい。あなた」
私が店の扉を開くと、妻が笑顔で迎えてくれた。
彼女に初めておかえりなさいと言われてから、もう何十年経っただろうか。
どれだけ時が経っても、聞き心地の良い透き通った声であることに変わりない。
私の自慢の妻だ。
「商人組合での交渉、上手くいったようですね」
彼女はカウンターテーブルから出てくるや、私の差し出す杖を受け取った。
そして、私の傍らに寄り添って共に居室へと連れ立ってくれる。
かつて英雄と称えられた元冒険者も、歳には勝てないな。
それどころか、親の代から続くこの店を支え続けた彼女の方が背筋もピンとしているのだから、世の中わからない。
彼女の自慢の頭髪も、いまだに金色の輝きを保っているくらいだ。
「あなたももう引退なさればいいのに。このお店もすっかり大きくなって、あとは子供達に任せればよろしいでしょう」
彼女の――否。私達の道具屋は、今では町一番の大商店となった。
勇者と共に魔王を倒した元冒険者の店、ともなれば宣伝効果は凄まじい。
冒険者を引退して、道具屋の主人として静かに余生を過ごそうと思っていたが、結局てんやわんやの人生だった。
だが、彼女と共に幸福な日々を送ることができた。
どれだけ歳を取っても、帰る場所があるから私は迷うことがなかったのだ。
「今度、末の子の赤ちゃんが生まれるそうですよ。また名前を考えてあげないといけませんねぇ、あなた」
孫の名付けは、今では私の最大の楽しみのひとつ。
少々腰はきついが、ぜひとも直接赴いて孫の顔を見たいものだ。
顔を見れば自然と名前も思い浮かぶだろう。
「……あら。休むのはもう少し後になりそうですわよ、あなた」
彼女が店の入り口へと目を向けて言った。
どうやらお客様がいらしたようだ。
町の人なら、妻が間違えて発注してしまった薬草を譲ってあげよう。
冒険者なら、今朝入荷したばかりのハイポーションをお勧めしよう。
さて、それではお客様を迎えよう。
「「いらっしゃいませ」」
――fin――
カウンター ~向こう側の君へ~ R・S・ムスカリ @RNS_SZTK
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