おまじない
摂津守
おまじない
放課後の教室、ミホ、ユキ、サナエの女生徒が三人、恋のおまじないに興じていた。
教室のカーテンを締め、電灯を消して暗くし、床にはビニールテープで怪しげなサークルを描き上げ、サークルの中心にろうそくを立てている。ちょっとした儀式だ。
術者はろうそくのすぐ側に立ち、好きな人の名前を三回口に出して唱える。その後ひたすら好きな人を想い、念じる。
成功すると、好きな人が来てくれるらしい。
らしい、というのも、三人がこれをやるのは今日が初めてだからだ。
そもそも三人とも、本気でおまじないを信じているわけではない。これはただの青春の一ページを彩るお遊びに過ぎないのだ。
最初はミホがやってみた。言い出しっぺが最初にやってみたのだ。
すると、おまじないの約五分後に、ミホの想い人サカモトくんが教室にやってきた。
サカモトくんは三人のクラスメイト。部活中に宿題を教室に忘れたことに気付き、取りに来たとのことだった。三人の怪しげな儀式をからかうと、すぐに部活へと戻っていった。
思いがけない成功に、三人は大盛りあがり。
もちろん、ただの偶然という可能性もある。クラスメイトが教室に忘れ物を取りに来るなんて珍しくない。
おまじないは本当なのか、それともただの偶然なのか、確かめるために、三人はもう一度やってみることにした。
二人目のユキは芸能人の名前を唱えた。ありえないことを願って、おまじないの効果を確かめようという考えからだった。縁もゆかりもなく、ましてや学校なんかに来てくれるはずないが、もし万が一おまじないが本当なら、憧れの芸能人に会えるかもしれない。
ユキはさほど期待せずに、しかし何度も唱えた。十分ほど粘った。が、なんの反応もなかった。
おまじないは失敗、いや、そもそもさっきのこともただの偶然、おまじないはやっぱりただのおまじないに過ぎない、と誰もが思ったとき、
ユキの電話に着信があった。
通話に出ると、それは憧れの芸能人からだった。間違い電話だったが、ユキがファンであることを伝えると、少しだけユキとの通話に付き合ってくれた。通話は三分に満たないわずかな時間だったが、一介のファンに過ぎないユキにとっては充分だった。
おまじないは成功した。たしかに芸能人からの着信が
偶然がそう何度も続くわけがない。しかもユキの願いは常識的にはありえない願いだった。しかしそれらは叶った。
三人はもう、おまじないを信じないわけにはいかなかった。
最後にサナエがやった。
サナエの想い人はクラスメイトのヨシダくんだ。ずっと片想いをしている相手で、今日はあいにく学校を休んでいる。
おまじないが本当なら、学校を休んでいるヨシダくんは学校に来てくれるはずだ。
サナエは想い、念じた。五分経った。十分経った。三十分が経った。サナエは粘った。
鬼気迫る様子だったので、二人は止めなかった。ただじっと黙って見守っていた。
サナエの限界が来た。サナエはその場でへたり込んだ。ろうそくはもう消えかかっていた。
やっぱりおまじないなんてなかった、ただの偶然だった、三人が三人、そう思ったときだった、
教室の外から何か聞こえる。何か引きずるような音。何かが濡れ、何かが滴り、何かが呻くような奇妙な音。
三人は息を呑んだ。何かがおかしい。それはあまりにも奇妙で、ろうそくの火が揺れる薄暗い教室でそれは、とても気味が悪く感じられた。
それはゆっくりとゆっくりと近づいてきた。近づくにつれ、それの息遣い、苦しげな、漏れるような奇妙で不快な音もはっきりと聞こえるようになってくる。
たっぷり三分はかかっただろうか、それが教室の前までたどり着いたとき、
悲鳴。教室内に響き渡った。サナエの声だった。
サナエは立ち上がろうとしてふらつき、足でろうそくを踏んだ。ろうそくの火が消え、教室は真っ暗になった。
一瞬の暗闇、そして、
教室のドアが開かれた。ずぶ濡れになった先生が教室に入ってきた。
呆然とする三人。先生は怪しげな儀式に彩られた教室を見て、三人から事情を聞き、教室でおまじないをしたことを軽く注意した。それからヨシダくんの机から荷物を全て取り出し、手に持っていた袋に詰めた。
なぜそんなことをするのか、ミホが先生に問う。先生は言った。
「今朝、ヨシダは登校中にトラックにはねられて亡くなったんだ」
おまじない 摂津守 @settsunokami
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