サメ怪獣の特徴
不安の波が行ったり来たり、行ったり来たり。
僕の心は黒く濁った海のようだ。
「海でも見てきたら?」
久々に連絡をしてきた田舎の親にそう言われた。
どうやらまだ怪獣に殺されてはいないらしい。
海を見たくらいでこの憂鬱な気分が晴れるとは到底思えない。
もし不安がなくなるとしたら、この世界から怪獣が一匹残らず消えてしまう時だけだ。しかし、そんなことはあり得ない。
消えたら消えたで僕は怪獣の背で暮らしているのだから、海の藻屑だ。
怪獣の消滅はイコール日本沈没を意味する。
もはや怪獣がいてもいなくても僕の未来は暗い。
――行ってみるか。
行ったところで何が変わるわけでもないが、行かなくてもただ家で布団を被って怯えているだけだ。
僕は支度をして海へと向かった。
遠出というほどではないが、外出自体が久々だ。
足下に怪獣がいると知ってから、少しだけ開き直れたのかもしれない。
こんなご時世でも電車は走るし、バスも定刻通りに来る。
どうせ自分の人生そう長くないとわかっていても、生真面目な日本人は自分の役割をまっとうしようとしている。
恐怖で身体が固まってしまっていたのは僕だけなのかもしれない。
怪獣が踏み砕いた駅や線路を迂回し、電車を乗り継いで僕は海の最寄り駅に辿り着いた。
塩の香りが生ぬるい風にとってまとわりついてくる。
僕はそもそも泳げないし、当然のように海も怪獣のものだ。
何のために海なんて見なきゃいけないんだと、親や過去の自分に毒づきながら浜辺に向かって歩いていく。
砂浜をだらだらと雑な仕事のように波が濡らしている。
僕の心の中の海よりは幾分かマシに見えた。
「海は入れないよ」地元の人だろうか。背広のおじさんが声をかけてくる。
――言われなくても入らないよ。
「はぁ。大丈夫です、僕泳げないんで」
「ならいいいんだけど。怪獣出るからさ、色んな人が来るんだよ。私は役所の人間なんだけど、一応声かけてんの」
「あぁ、はい。そうですか」
ここは怪獣が出る海らしい。
クラゲ出るからさ、みたいな口調だな。
「だいたい見かけない人は怪獣マニアか自殺志願者だよね」
「怪獣は嫌いです。自殺する勇気もないですし、自分から死ななくてもどうせ死んじゃいますから」
「そうだよねぇ。でも多いから。あー、ほらあそこ見て」
彼が指さした先には首から下の死体が波打ち際で砂に塗れていた。手足は辛うじて繋がっているが、あと何回か波で転がされているうちに千切れてしまいそうに見える。胸のあたりに大きな袈裟斬りにされたような傷があるが、血は海で洗われてしまったのか壊れた人形のようにも見えた。
僕の二の腕に鳥肌が立った。
「あの人は怪獣マニアでね。サメ怪獣の写真を撮りに来たんだって。駆除される前にって」
僕は一つの疑問が浮かんだ。
「どうしてあの人を殺したのがサメ型怪獣だと分かるんですか? 普通のサメっていうのはもういないんですか?」
「サメもいるよ。なぜか怪獣って人間しか殺さないからね。でも彼を殺したのはサメ型怪獣だね。ほら、彼の胸のところの傷」
僕はもう一度見ようとは思わないが、袈裟懸けに切り傷があった。
「サメ型怪獣っていうのはほぼ何かと合体してるからね。鼻先にチェーンソーや回転ノコギリがくっついてるタイプがよく出るんだけど、そいつらにやられたんじゃないかな。普通のサメだとあんな傷はできないからね」
「何かと合体?」
「不思議なんだけど、機械とくっついてるやつもいれば、タコの足が生えてたり、ゴリラの腕が生えてるのなんかもいるんだよね。まぁでもせいぜい10メートルとか15メートルくらいが殆どで頑張れば駆除できるから、他の地域に出る巨大な怪獣よりはマシなんじゃないの」
なんだかそう聞くと、このあたりのどことなくのん気な雰囲気にも納得がいく。
そしてふと海の方にサメの背びれが出ているのに気づく。
「あれは、怪獣ですか?」
僕が言うと彼は双眼鏡を取り出して、確認した後に溜息を吐いた。
「あれは……一番タチが悪いサメ怪獣だ。アイツを駆除するのが一番の目標といってもいいね。ほら、見てごらん」
僕は借りた双眼鏡でサメ怪獣の背びれを見た瞬間、危うく腰が抜けそうになった。
海上に除く背びれや背にびっしりと人間の顔が浮かびあがっている。まるで能面を貼り付けているようだ。
「あ……あ……」
「あれは人間サメ怪獣だよ。さっき砂浜に流れ着いた怪獣マニアの彼の頭はアイツが食ったんだろうね」
僕は双眼鏡越しにサメ怪獣と合体してしまった人間の口がこう動いているのをはっきり見てしまった。
「タスケテ」
怪獣ホラー ~ウルトラマンが助けに来ない世界で~ 和田正雪 @shosetsu
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