空を駆ける

月影澪央

空を駆ける

『ここで先頭は早くも白銀しろがね! 白銀、そのままゴールイン!』


 左耳に着けた骨伝導型イヤホンからそんな男性実況者の声が聞こえる。


「……勝ったか」


 そう呟きながら、俺は乗っている竜に着地の指示を出す。


『決勝進出最初の一枠は白銀! 乗り手は三好みよし蒼惟あおいです!』



 昔から戦争が多かったこの世界。剣での戦いに始まり、竜が登場し、魔法が一大戦力となり、銃も登場し、様々な歴史を紡いで来た。


 平和な世界となった今でも、その名残りとして残っているものは多い。その一つがこの競竜だった。


 より速く飛べる竜を選ぼうと始まったこの競竜だが、辞め時がわからなくなったのかどんどん続いていき、今では歴としたスポーツとされている。ほとんどの人にとってはやることができない、見るスポーツではあるが。


 俺はその数少ない競竜のプレイヤー、乗り手である。


 競竜のルールは至って簡単で、竜が空に設置された決まったコースを飛び、一番でゴールした竜の勝ち。ただそれだけのものだった。


 ただそれだけのものなのに、どんなレースであっても賞金が出て、大金が動く。少し恐ろしいものでもある。



 今日はその競竜の年に一度の祭典、プラチナカップの日だった。


 競竜は毎週のように行われているが、この日だけは特別。竜の成績が、ファンの人気投票で上位に入るか、一年間に獲得した賞金で上位に入るか、その二つのどちらかが出場条件。選ばれし竜だけが出場できるレースだ。竜に関わる誰もがこのレースを夢見るのも納得だろう。


 一方、乗り手はどんなに無名であっても、依頼が来れば乗ることができる。竜とのコンビネーションというものもあるから、中々そういうケースはない。だが、ルール上は可能だ。


 俺はこの一年間……いや、この二年間乗ってきた竜、白銀と共に、プラチナカップに挑んだ。


 予選、準々決勝、そしてさっきの準決勝と順調に勝ち上がり、決勝に駒を進めた。


 ここまでは当然の結果だった。今年一年間は大きなレースにも多く出て、勝ち星も上げた。そんな竜が、負けていいはずがない。



「お疲れ、三好くん」


 竜を白銀の担当スタッフの一人に任せると、そのスタッフのリーダー的存在の男からそう声を掛けられる。


「お疲れ様です」

「圧勝だったな。さすがだ」

「いえ。白銀の実力ですよ」


 実際、俺はコース取りを少し調整し、仕掛けどころの合図をしたまで。白銀自身の能力の方が要因は大きい。


「君の底なしの魔力によるあの加速。あれは間違いなく君のおかげだよ」

「いやぁ……そんなことないっすよ……」


 そう誤魔化しておくが、その点に関しては俺のおかげかもしれない。


 竜も魔力は持っているが、それだけでは大した個体差はない。現代の競竜においてそれでは面白味がないと、乗り手が持つ魔力を竜に送り込み、その魔力で竜がさらに速度を上げられるようにするという方法が取られた。


 それによって、乗り手は魔力を持っていることが絶対条件となり、乗り手の保有する魔力量が重要になった。


 もちろん、魔力にも相性があるから、単に魔力が多い乗り手を乗せておけば勝つわけじゃない。それに、実力には上限値がある。いくら魔力を注ぎ込んでも、上限値が低ければそこまでだ。


 今回の場合、俺と白銀の魔力の波長が合っていて、俺が底なしの魔力と呼ばれるような魔力量があり、さらに白銀の実力の上限値が高いという条件が重なり、これほどの強さを誇る竜となったわけだった。


 乗り手をやって早六年。何頭もの竜に乗ってきたが、これほどまでに波長の合う竜は初めてだった。だから、その分想いも強い。


「お兄さんの、見に行かないの?」

「いや……」

「他はみんな見に行ったけど」

「別に……他と合わせるつもり無いんで」

「そっか」


 そして俺はスタッフさんたちと分かれ、関係者だけが入れるエリアに入る。ここからだと、強制的に他のレースが見えてしまう。見るつもりは無いが、目には入るだろう。


 俺の出たレースは準決勝の第一レース。それから第二レースがいつの間にか終わり、第三レースが始まろうとしていたところだった。


 第三レースには、俺の兄である三好唯楓いぶきが乗り手として出場する。唯楓が乗る竜は、竜牧場であるうちで生まれた竜の一頭、風雅ふうがだった。


 もちろん注目の一頭だし、実力も白銀と肩を並べるレベルだ。俺と同じように唯楓の魔力量も多い方だし、準決勝で負けはしないだろう。ミスさえなければ。


 レースは進んでいき、最後の直線。唯楓が仕掛けようと手を動かそうした瞬間、前を飛んでいた竜が急に減速し、乗り手が高さ三十メートルから落下する。風雅はその竜を避けようと、上に急上昇する。


 それから横にコース取りをして、急降下とともに加速。一気に前の竜たちを追い抜き、一着でゴールした。


 乗り手が落下することはよくあることだ。怪我はするだろうけど、今のは自分の責任だろう。今落ちた乗り手は、自分の魔力を竜に与えすぎて失神してしまった。自分のことをわかっていない奴に、擁護する言葉はいらない。


 そして準決勝が終わり、決勝の出場竜が確定した。


 一時間ほどの休憩後、プラチナカップのフィナーレとなる決勝が始まろうとしていた。


 乗り手の両耳には骨伝導型のイヤホンが着けられていて、左耳からは実況の声が聞こえ、右耳からは戦略スタッフからの指示が聞こえる。ただ、白銀に戦略スタッフはいないので、俺の場合、右耳のイヤホンはただの飾りだ。


「蒼惟、お互い頑張ろう」


 竜の背に乗ったところでそう話しかけてきたのは、同期の徳久とくひさ行真いくまだった。


「……ああ。ベストを尽くそう」


 とりあえずそう言っておく。


 行真は同期で仲良くしている方だが、そんな関係だけで、集中を乱されたくなかった。


 白銀に離陸の合図を出し、ゆっくりと上空に飛び上がる。


 定位置までついたところで、少し向こうにいる唯楓と一瞬目が合う。お互い言葉を交わさずとも、言わんとしていることはわかる。


 お互いに、負けるわけにはいかない。


 それだろう。


 魔法によるコースとスタートラインの壁が現れ、九頭の竜がスタートラインに並ぶ。


 ファンファーレが鳴り、集中力をさらに高める。白銀も集中している様子だった。


「よーい、」


 スターターがそう言った後、魔法による壁が無くなり九頭が一斉にスタートした。


『スタートしました』


 決勝の実況も相変わらず、いつもの男性実況者だった。


 スタート直後は直線コース。俺と白銀は風の流れに乗るために、他とは少し斜め上の高度に位置を取る。最初にスプリントを掛けるタイプではないので、最後方で他の出方を窺う。ここまでは普段通りだ。


『まず先頭に立ったのはよる。プラチナカップ初挑戦の大川おおかわ莉瑚りこは大逃げを仕掛けました』


 大逃げか……逃げ切られれば厄介だが、逃げ切れるはずがない。


『そして二番手は瞳輝とうき。ベテラン荒生あらお晃都あきとは追わない選択肢を選びました』


 それが妥当だろう。さすがベテランだ。


『それに並ぶようにじん。今年こそ優勝を狙う峰崎みねざき拓叶たくとは前目に位置取ります』


 こちらもベテラン。だが、横に並ぶ形になると、真っ直ぐ抜かせない可能性があるな……


『その少し後ろ。高度を低めに取るのは決勝唯一の雌竜、奏音かのんです。出生時から関わる永澤ながさわ奏太そうたは、ここは勝ちたいと意気込んでいました』


 このペアも唯楓と同じような感じか。高度を低く取っているのは雄と雌という基礎能力の差からなのだろうか。


『その後ろ、高度を少し変える形で固まっています。はる吉野よしの月偉るい、風雅と三好唯楓、優斗ゆうとと徳久行真、あま石貝いしがい侑生ゆうしょう。この四頭』


 今俺の前に広がる景色だ。二番手の横の広がりよりも、こっちの方が厄介でしかない。


 俺は高度を少し上げ、コースの内側に寄った。


『そして最後方に白銀と三好蒼惟。ほぼ固まってコーナーコースに入ります』


 実況の言う通り、コース上での位置取りによって大きな差が出る、とても大きなコーナーに入っていく。


 とても大きいコーナーなので、少しでも内側にいる方が有利。さらに、そろそろ前に出ていかないと、大逃げしている夜を捉えることはできない。俺はそう考え、このコーナーを使って前に出ていこうとした。


 前に竜はおらず、白銀に合図を出して加速していく。


 白銀の持つ魔力はここで加速に使い、最後の競り合いで俺の魔力を使う。いつものそのブーストが上手く行けば、勝てる。


『白銀が前方に迫る! さらにその後ろからは風雅が来ている! 前方では夜が粘っているが、厳しいか! ここで先頭は瞳輝!』


 やっぱり、大逃げなんて無理だったな。


 そこでコーナーコースが終わり、ゴールまではこの直線のみ。この直線で、勝負が決まる。


「……行け……!」


 俺は白銀に魔力を流し、白銀はどんどん加速していった。


 あっという間に先頭の瞳輝までもを抜いていき、先頭に躍り出る。ついてくるのは、隣に並ぼうとする風雅のみ。あとは一騎打ちだ。


 唯楓も行けると思ってるのだろうが、そうは行かない。


 小さい頃から比べられてきて、ずっと唯楓が一番だった。でも、白銀は違う。白銀は風雅より速い。俺だって、今回くらいは勝たせてくれ。


 大人になってまで、もう――


「「……負けたくない……!」」


 俺と唯楓は同時にそう呟いて気合いを入れ、想いを受け取った白銀と風雅はどちらもぐんぐん加速していく。


 後続なんて関係ないほどに引き離し、ゴールに飛び込む。


 ゴールラインのベールをくぐった時、前のめりになっていた俺の隣にあったのは、風雅の頭だった。


『白銀だ! 白銀だ! 激しいデッドヒートを制したのは白銀! 乗り手は若き新星、三好蒼惟!』


 実況の声が左耳から聞こえる。


「……勝った……勝った……!」


 俺は右手の拳を高く空に突き上げた。


 ずっと夢だったプラチナカップでの勝利。そして、兄である唯楓と実家で生まれた竜に勝利したこと。


 嬉しい以外の何物でもなかった。


 白銀は自分が勝ったことをわかっていて、空高く舞い上がり、円を描くように空中で一回転した。


「えっ、ちょっ……!」



 その時に見えた空は、とても青く、眩しかった。白銀の瞳のように。

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