王子さまはサイコ

 コールレインさんと入れ替わって学院生活は一変してしまった。

 寄宿舎の廊下を歩くだけでこちらを見られたり、学院内で目が合うと頭を下げられたりする。

 外見があの人になっただけで周りの目がこうも変わるなんて。

 最初はびっくりして混乱したけど、今はびっくりなんてものじゃないよ。

 わたしの素直な気持ち、これって壮観!

 夢って本当に叶うんだ。

 授業中に落ち込んでた気分が嘘みたい。

 びくびくしてた自分が堂々と振る舞えるようになったのもわかる。

 青空や地面や木々や動物まで今までと違って見えてきて、わたしに笑顔をくれてる気さえする。

 ステラ・ボウには全然興味がなかった人たちも、氷の微笑であるわたしならおそれ敬ってくれるみたい。


 中身はわたしのままなのに。


 そう、中身はわたしなんだ。


 運動場での魔法の実技授業の最中なのに、急に気持ちが落ち込んだ。


「コールレインくん」


 飛び跳ねそうになった。わたしのことだよね。

 先生の事務的な呼びかけでこんなにうろたえるなんて。


「はいっ」


 前に出て二足の獰猛な生き物の形をした大きな的をじっと見た。

 隣から男子のつぶやきが聞こえてきて、


「あれ、おかしいな」


 魔法をうまく出せないみたい。

 わたしと同じように的を目標にしてるけど、他の生徒からも不調の声があがってる。

 うまくやらなくちゃ。わたしは氷の微笑なんだから。

 輪を描くみたいに両手をぐるぐる回して、基礎中の基礎だけど炎の魔法を試そう。

 コールさんの体は優秀。元の体よりも魔力の量の多さを感じる。

 体、そういえば胸もすごく大きい。


「きゃっ」


 熱風っ。

 集中が乱れたのと手を回しすぎたのと一緒になった炎が、竜巻みたいに渦を巻いて予想より的を燃え上がらせた。

 二足の生き物の的を燃やし尽くしても炎が消えず、本当に竜の形になって空へ。


「凄いな」「さすがコールレインさんの魔法だ」


 周りの人たちから歓声があがったから、わたしは一礼してその場から逃げた。いてもたってもいられずに。




 廊下を早足で進んでたら、向こうからスラッとした長身で金髪の男子が歩いてくる。

 あれは、ハインさんだ。

 挨拶したほうがいいかな。

 だって婚約者だもん。

 でもどんな話を……。

 無視するのはいけないよね。

 なるだけぎこちなくならないように、

 無難に、

 彼女みたいに、


「ごきげんよう」


 声をかけたつもりだった。


「ひぃっ。ご、ごめん! 僕が、僕が全部悪いんだっ。婚約もやめていいからぁ。だからさ、もう勘弁してくれっ」


 彼の顔が恐怖でひきつったみたいと思ったら、走っていってしまった。

 一体どうしたの。

 婚約もやめていいって、婚約を破棄するってこと?

 わたしなにか悪い行為したのかな。覚えがないよ。

 どうしよう――


 突然ある人の顔が浮かんだ。

 これって。

 そうか。

 そうなんだ。

 すぐ確信した。

 ハインさんと面と向かって話してもなにも感じなかった。もう憧れもないんだ。

 婚約を破棄されても、原因ぐらいしか気にならない。

 だとしたら、わたしが会わなくちゃいけない人は。

 あの人だ。

 わたしが会いたいと思ってるのは。

 駆け出した。

 はやる気持ちと一緒に。


 わたしがこんなふうに強くなれたのもあの人のおかげだ。

 こうなってあの人はどう思ってるんだろう。

 なにを考えてるんだろう。

 知りたい。

 会わなくちゃ。

 今。

 今すぐ。

 絶対。

 会いたい。


 どこにいるの。

 あなたは今どこに。

 会いたいよ。


 息があがった。それでもこの体はステラの体より強くて、走るのも得意なんだと感じた。


 広い校庭に出て辺りを見回した。

 日も暮れかけてる。

 生徒もあまりいない。

 寄宿舎にいるのかな。


 不意に、

 目の焦点がハッキリ定まるみたいに、

 雲の上に昇ったみたいに、

 太陽を浴びたみたいに、

 わたしは見つけた。

 あの人の姿を。


 走る、全力で。

 会いにきたんだ。


 わたしは、



 彼に。




!」




 名前を呼んで自分の頭の中を覗けた。

 わたし、変になってる。

 変になってもいいと思ってる。

 落ちたんだ。

 わたし。

 今まで知らなかった場所に。

 

 ゆっくりと妄想が広がる。

 溢れ出てくる。

 多分わたし、バカみたいに占いにハマる。

 これから何回も試すんだ、恋占い。

 魔法じゃない。

 彼との相性を。

 十年先も。

 ううん、五十年たっても。

 百年後も一緒にいたい。

 光景が浮かぶ。

 彼が見つめてくる。

 笑顔。

 わたしは思い出すんだ、

 五百年後に彼と話した内容を。

 たわいない話を。

 感じる。

 おかしくなってるよ。

 確実に。

 頭がふわふわする。

 わたしおかしい。


「よう、ステラ。いやコールか。元気に走ってきて、どうした」

「はぁはぁはぁはぁ、うん……」


 息を整える間もコウくんはへらっとしていた。

 今では彼のかき上げた前髪も、

 鋭い目も、

 いたずらっ子みたいな表情も、

 全部可愛く感じる。

 運命がすぐ近くにあるんだ、って思えてくる。

 もう彼以外とはどこにも行けない気がした。自分がずっと弱くなったみたい。

 だけど、運命の先が見たい。


「私が今コイツと話してて忙しいのよ」


 運命の先で見たのはわたしだった。

 違う、わたしの姿をしたコールさん。

 コウくんのことで頭が一杯で隣にいた彼女が視界に入ってこなかった。

 腰に手を当ててわたしの目とは思えないぐらい睨んでくる。


「オレはこいつ、コール、いやステラ。面倒臭いな。まあ彼女を好きにならなきゃいけない」

「えッ」


 びっくりして声がでた。事情が全然見えない。

 それに息苦しい。走ったから、気持ちのせい、どっち。


「面倒臭いから呼び方は元の名前でいいよな。願いの話をしてたんだよ」


 隣の彼女はイライラしてた様子で、火山が爆発したみたいに早口で事情を説明してくれた。


「オレが金髪の記憶をいじった」


 おまけみたいに原因も判明した。


「さてオレはどう応じるか。この世界での恋愛云々に関心はないんだが」

「私はアンタが許せない。これは報復よ。願いを聞いてもらう。それから元の姿にも戻させる」


 すぐに自分の意思を伝えるしかないと思った。


「それは困ります」

「どういう了見よ」


 彼女は少し驚いてた。


「わたしが、コウくんを好きになったから」


 こんなにもハッキリ言えた。


「あなた、今なんて」

「わたしもコウくんに同じ願いをします」


 もう対等だ。


「そうきたの。だったら、いいわ。ステラと私、どっちが先にコイツを好きにさせるか。勝負ね」


 コウくんが鼻で笑っていた。

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悪役令嬢ほどよく眠る アンデッド @undead

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