破章『灰色のライダーズ』

オレたちに愛はない




 なんなのよこれ。


 私は眼前の光景が信じられなかった。


 ヴェルシュタット校内にある、私にぴったりなお庭。

 木々と長椅子、鳥のさえずり。

 私が気分を変えたい時に訪れてリラックスできる、美観のいい場所。

 そんな素敵な場所が。

 美しいイメージが。

 吹き飛ばされる、


 裸体の、男たちが重なる、山。


 あられもない裸、裸。

 今まで見た記憶もない、男の下品な姿が積み重なってるんだわ。

 砂山みたいに見える裸体の上。一人だけ服を着た男子がいて、不覚にも安心してしまう。

 アイツは制服のような黒い上着を脱いで肩にかけ、白い服の姿で座っていた。

 もう忘れられない憎々しい面構えが私を見下ろしてる。


「よう、ステラ。いや、コールと呼べばいいのか。まったく、糞みたいな世界でさらに面倒臭いやつらだ」

「なっ。ア、アンタが魔法をかけてこうなったんでしょ!」


 コウは両手をあげて首を振ってる。


「本意じゃない。お前になりたかったステラの願いだ。オレは単なる使い魔ですよ、ご主人様」

「ご、ご主人様って。なによ急に」

「オレは召喚された身です。主人であるステラ様にはオレの魔法も通じません。今は彼女の魂がコールの体に、コールがご主人様の体に。ジュデッカの印、まあ簡単にいえば契約書ですが、二つに分裂したんです。ご主人様が二人に増えました」


 山の上で丁寧にお辞儀してきた。

 バカにされてる? なんだか仰々しい劇を見せられてる気分。


「じゃ、じゃあ私の願いも聞くの? 今すぐ体を元へ戻しなさいよ!」

「できない。願いが矛盾する」


 期待した私がバカだった。


「なら願い自体はどうなるのよ。聞く気はあるのか」

「願望の強さ、エネルギーにもよるが可能性はある」

「答えが願いなら質問にも答えられる?」

「ああ」


 それなら大きな疑問があるわ。このコウとかいう男子はなんなのか。


「あなたは何者でどこからきたのよ」

「お前に言っても正確に理解はできないだろうが、簡単にいえばオレは別の世界からきた。この世界では肉体を得ている存在。そうだな、元々は水みたいな状態だと思えばいい。まあ水とは全然違うんだが。オレの思考や文化的な価値観と感覚は、地球という場所の水準に基づいている」


 質問しておいてだけれど、案外お喋りで驚いた。


「その地球ってあなたの故郷?」


 鼻で笑われた、気がした。


「いや、オレたちにとって地球とは、いわば。まあお前や今のオレには無関係な話だ」

「ふーん……なら、あなたは元兵士なのかしら。ステラのせいでこの世界に出張してきたと」

「そんなところだ」


 ちょっと待ちなさい。


「そもそも今の状況はなんなのよ! オト、男たちは」


 全裸の男たちが放置された状況で、私はゆうゆうとなにを話してるのよ。


「ステラの願いも叶えて暇だったからな。肥溜めにいても少しは楽しみを味わうために、売られたケンカを買った結果だよ。コイツらはオレの人物像が気に入らなかったらしい」

「ケンカ、にしたってこんなひどいあり様は尋常じゃないわ。聞かせなさいよ。あなたどうやったの」

「まず魔法を使えないようにした。オレが『魔法なんて使わずにかかってこい』と声をかければ通じる。あとは全員をぶん殴ってやった」


 言ったコウがニヤっと笑って、私は鳥肌が立った。

 私の様子を感じとったのか、コウが告げてくる。


「それからコイツらの服を全部剥いてやった。裸にしてから積み重ねた。もちろんオレだけでは苦労する。行動は当人たちにやってもらったんだ。最後は『気絶しろ』『眠れ』と言えば完成する」


 ろくでもない相手の悪趣味を聞かされてる気分。


「わかった、もういいわ。好きにしたらいい。授業があるから帰る。こっちはステラの体になってただでさえ苦労してるのよ。元に戻せないなら構っていられない」


 まだ誰にも言えないでいる。誰かに教えても信じてもらえる状態でもない。奇妙な曲者を介したこんな奇怪な魔法も前例がない。

 それでもなんとかして元に戻る方法、または魔法を見つけないと。

 見つかるまではステラのふり、面倒を増やさずにやり過ごすのよ。


「コール、気にならないか。コイツらの中にお前が知ってる人物がいないかを」

「なんですって」


 なにを言い出すの。


「性悪なお嬢様は願ったはずだ。ステラと入れ替わった時、コールになったステラもやはり落ちぶれるのを」

「失礼な」


 けどそんな想像もしたかも。もしかしたら独り言でもつぶやいたの。かもしれないけれど、


「お前が“氷の微笑”だった人生でもっとも情熱を感じてたもの、それはなにか。一人、いるな。名前は、ハイン・ストラウス」


 なに。


「なんで彼の名前を。なに、どうして、どういう」


 頭の芯で熱がぐるぐる回る。


「コールになったステラ、要はコールだったお前が人生で一番嫌な出来事はなにか」


 ぐるぐる回る。


「おとしめるために必要な手はなんだ」


 コウが足元を見回してなにかを探してる。


「いたぞ。ほら、お前が大好きなハイン・ストラウスだ」


 見つけた様子でなにかを力強く引っ張り上げたと思ったら。

 綺麗な金髪なのに顔が見る影もなくボコボコしてる全裸の男、


「いやああああああ」


 今まで見る機会がなかった彼の全裸や股間。憧れがこんなふうに。

 ハレンチな状況で叶ってしまった。


「ハハッ、ほらよ」


 コウが手を放したら、ハインがゴロゴロと転がって地面で仰向けの大の字になった。


「きゃああああああ」


 もう見てられない。手で顔を覆うしかない。


「このザマが広まれば彼女もソイツとはやり辛いだろう。なんならオレがさらに、ソイツがコールを避けるように仕向けてもいい」


 うう。もうどうしたら。

 けど。だけどアイツを。

 どうにかして。


「そういえば入れ替わったと言ったが、本当にそう思うか。もしかしたら、お前はステラのままでコールの記憶を植え付けられたのかもしれない。人格を変えられたのかもな。それともお前はステラの分身なのかも。または、お前の体をステラに変化させただけかもしれない」


 なんなの、なんなの、なんなの。

 でも一泡、一泡だけでも吹かせたい。


「事実がハッキリしないなら、対応する魔法を解く方法なんて見つかるのか」


 声をあげて笑ってる。

 高笑いだけでも止めてやりたい。

 だから私は、願いを告げてやった。


「私を……好きになりなさい!」

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