狂える女と教卓の騎士
深い眠りから覚めるみたいな感覚だった。
感覚のあと、私はなぜかベッドの中にいた。
ここは、医務室?
に、違いないけれど。
確認してから記憶をさかのぼると、コウと名乗った編入生に肩を掴まれたこと。頭突きをされ、衝撃で気絶。したの? そこまでは覚えている。
気絶するほどの暴行を受けたのに、額の衝撃や痛みはすっかり失せていたけれど。
「よう、お目覚めか。おめめをぱちくりさせて、大丈夫か」
声がしたほうには、当の編入生コウとかいう男子が椅子に座っていた。
腕も組んでふてぶてしいやつ。偉そうに脚も組みかえて。
口角を上げて妙にニヤついている表情も勘にさわる。
「あ、アナタね! この私に、なにをしてくれたのよ」
「授業中にお前が急に倒れたから心配したよ。担任に言ってオレが運んできてやったんだ。感謝しろよ」
「は? なによ、運んだって。まさかアナタ、私の体に触った?」
「そりゃ触らないと運べない。抱きかかえてベッドにおろした」
「だ、抱き……」
想像してしまった。気絶した私を男子が抱きかかえているイメージ。
ハイン以外に私の体を触らせたなんて、なんたる不快さ。
反射的に体を触って調べた。胸に妙な違和感があるような、気のせいか。
けどもしかしたら腕で抱えたのではなく、背負ったのかもしれない。考えたらそれも嫌だけれど、お姫様みたいに抱えられるよりは、
「こうやって腕で抱えた」
彼が立ち上がって、私の前で両手を大きく広げている。
「な! わた、私の体はそんなに大きくないわ! 失礼な男」
まるで大きな荷物を抱えるみたいなポーズで頭にきた。
「ははっ。たしかに、お前は案外軽かった。簡単に運べた。それでも重いから使い魔は使ったが」
軽いだの重いだの使い魔だの、
「なんなのよアナタ」
自分で暴行を加えておいて、感謝しろみたいな態度が一番いまいましい。
「さて、もうすっかり元気みたいだな。じゃあオレはそろそろいくよ」
コウが右手を振ってきた。
「ちょ、ちょっとアナタね!」
「じゃあな。
直後に聞こえた言葉は、
「
ガンっと頭の中に重いなにかが当たったような衝撃だった。
これはコイツに頭突きを受けた時みたいじゃない、と思った。
同時に言葉の意味がわからなかったけれど、さらに同時でなにかが氷解していく。
もっと同時に、自分の頭脳がそのままなのも思い知った。
……胸だ。
胸の大きさが違うのよ。
小さくなってる。
だからなのよ、違和感は。
コウが引き戸のほうへ向かおうとしてるのを私はわけもわからず目で追った。
引き戸が急に開いて誰かが入ってくるのもすぐ目に入った。
「やっぱり! ここにいた!」
青ざめたような表情で叫んでいたのは、
私だった。
私の姿によく似た人間が飛び込んできた。
私のそっくりさんがまた叫んだ。
「これ! あれどういう! なんでわたしがワールシュタインさんの姿!」
明らかにパニックの状態。
自分が混乱してるのを見てるみたいで急に可笑しくなった。
すっとんきょうで間抜けな様子の私。
私が私のバカ面を見ている。
お腹の底から堪えきれない可笑しさが込み上げてくる。
「わざわざ医務室まで来たのか、
「聞いたら! わたし! 医務室! 行ったって!」
「落ち着けよ」
――落ち着きなさいよ。
ほぼ同時だった。
ますます堪えきれない。
もう、
ダメ、
笑う。
我慢するのはやめ。
「あはははははははは!」
可笑しさが限界を超えたのを感じた。
今まで生きてきて、これほどまで声を出した経験はないわ。
お腹が痛い。
お腹が。
裂ける。
「いひひひひひひ、ひいひいひい」
ピークを越えたのもわかって、息が苦しい。
苦しい、
息が。
抱えたお腹の筋肉も張っている。
「コール、ほら見ろ。お前が取り乱すからステラお嬢さんがこうなった」
「そんな、わたしこんな。あんな笑い方したことない。どうしてわたしに似た人が。なんで笑ってるの?」
「お前ら、壊れたのか? 揃って壊れた人形みたいだなぁ。お前らの様子を見てたらこっちまで笑えてくるよ」
コウがクハハハと笑うのが見えたけれど、私は息を整えるのに必死。
「ふー、ふー、ふー」
いまいましい男子。コウがなにかのショーみたいにまた両手を広げた。
片方は私のほうへ。
もう片方は私の姿に似た誰かへ。
はつらつと喋りだした。
演説みたいに。
「オレの偉大な魔法で、コール、いや違う。ステラの願いは成就した」
満面の笑顔。
なんて気持ち悪い男。
「お前はコールの人生を体験し、コールはお前の経験を味わう」
サーカスの団長みたいな発声をして。
「さあ、せいぜい楽しむんだ! お前たちの人生は短い!」
私も言葉を出したかったのに、出なかった。
もう一人の私も唖然としている。
今の私もこんな顔をしているのか。
違うわ。
私の頭はそのままで、冴えているんだから。大声で笑ったあとだからなおさらに。
彼女は事態を飲み込めていないからだ。バカ丸出しの表情。私の顔なのにすごく弛んだ顔を晒せる。
グズ。
グズ女。
そうだ。
彼女が誰か、私は知っているのよ。
私が今まで磨きあげてきた体の中にいる、汚い誰かを。
ステラ・ボウ。
グズ女が、グズが私の体の中にいる。
代わりに私が……。
もう嫌でも現実を見すえるしかない。
ベッドから立ち上がって、ふらふらと歩いた。医務室にはお手洗いがあるから。
そういえば医務員がいない。コウがあの魔法をかけたのか。どうでもいいわ。
お手洗いにはなにがあるか。
鏡がある。
鏡を見れば顔がわかる。
顔を伏せたまま歩いて、鏡の前に。
手が鏡に触れた。
目を閉じる。
閉じたまま顔を上げた。
開けるのよ。
目を。
自分に言い聞かせるが、怖い。
私ともあろう者が、怖いなんて。
ハインの顔がよぎった。
助けて。
ハイン、助けて。
もしも自分が予想どおりの姿になっていたら。もうハインとは……。
不安を確認するためにも、見なくてはいけない。
目を開けて、見た。
鏡がある。
綺麗な鏡には顔が映っていた。
一度見てしまえば、知ればなんてこともなかった。
気が楽になっていた。
思ったとおり。
鏡の中にあった顔は、グズな女の歪んだ表情。
栗色の髪で、疲れたような腫れぼったい目つき。
グズはこんな顔をしていたのね。
「あははは」
苦笑した顔もグズだわ。
「グズ」
鏡に向かって吐き捨てても、やはりグズはグズのままだ。
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