その男、転校生につき
「えー、みなさんご存じの魔法技術は、体系が確立しております。この魔法の体系。我々が扱う限りですが、無から発生はしません。
魔法を行使したい時。我々が持つ内なる力、一般的に魔力とも呼ばれますが。一種のエネルギーである魔力を変換して発生させる場合と。
自然界や物質、または非物質もありますが。複数ある方法でそれらに働きかけて発生を促す場合と。まあ手段の違いがありまして。
中でも我々が生活を営む世界とは次元位が異なる、異界。または存在。彼らとの接触や心身の共有から間接的に扱うのが最有力です。
魔力は才能でありまして、性質や総量は人それぞれです。しかしですね、いかに天性の魔力を持っていようと我々は小さな現象を起こすのがせいぜい。
よって勇んで無理をしようとしてはいけません。人間は小さな生き物です。みなさんも自覚の上で魔法を勉強していただきたい。魔法使いも体が基本です。
我々の内側の小さな世界だけでなく、なるだけ大きな世界と繋がりを持つ。この方法論が、やはり最有力となってきます。ですがまた注意していただきたい。
みなさん動物を飼っている方、乗り物を扱う方もいますね。動物や乗り物と相対した際、やはり知識や経験や技術、あるいは対象への防衛手段が必要です。
魔法には系統や型、効力によってランク付けがなされており。ランクが高まるほどリスクも高まる、この概念をくれぐれも――」
優秀な私にはとうに必要のない情報ばかり。実にくだらない授業だ。
あの老いた男性教諭もとっとと引退してしまえばいいのに。
自分より劣る人間に教えを説かれるなんて、屈辱と言ってもいいんじゃないかしら。
仕方ないから授業に出てはいるけれど、あくびを我慢できない。
音がでてしまった。はぁ、みっともない。
「――であるからして。ん? なんだね、キミは。見かけない顔だが、教室を間違えたのかね」
「コールレインはどこだ」
「コ? コールレイン君なら、あそこにいるがね。なんなんだキミ、どこの生徒だね」
「そうか。ならオレは――“編入生”だ」
「編入、生」
「オレはこの学院へ編入してきて、コールレインのいるこのクラスに在籍が決まった」
「編入生。そうか。キミは編入生か。それならみんなに紹介しなくては。ちゃんと紹介をしなくてはいけないね。はて、キミの名前は」
「“コウ”と紹介しろ」
「そうだ、コウだったね。えー、みなさん、お静かに。今からこのクラスに編入してきた男子を紹介します。彼の名前はコウくんです。あ、ちょっと、コウくん! 席は?」
なによ、騒がしい。
編入生?
珍しいこと。魔法専門のヴェルシュタットに編入だなんて。
まあどうせ、どこかの落ちこぼれがコネで割り込んできたのでしょう。
あのバカ娘みたいに。
「コールレインの“隣”がいい! 担任、そう告げろ!」
さっきから私の名前を呼ばれている気がするけれど。
なにかしら。
変な黒の制服を着た男子が私の席に近づいてくる。
「えー、ではみなさん、コウくんの席はコールレインさんの隣です! そう決まりました!」
この男子の髪型はハインとは逆ね。
ハインはさらさらとした繊細な金の前髪をなびかせてるのに。
この男子は黒い前髪を撫でつけてる。安い整髪料でもつけてるのかしら。おでこも丸見えで下品。
「えぇ! ここ僕の席なんですが!」
隣の男子が急に金切り声をあげてうるさい。
無能な人間はさっさと出てけばいいのに。
「おい、お前は今日で“卒業”だ」
「コ、コウくん。あ、はい。僕は卒業できて、嬉しいです」
そうよ、もう卒業したらいいのよ。
って。ちょっと、隣の男子、立ち上がって本当に教室から出ていってしまった。
編入生は平気で座ってる。
なにが起こったの? 生徒たちもざわついてる。
けど担任は知らんぷりして授業を始めた。なんなの、これは。
「お前がコールレイン、いやコールか。会いたかったよ」
編入生が私のほうに向かって前のめりで話しかけてきて、気持ち悪い。
なに、この人。
「は? なによあなた。初対面なのに慣れなれしい。この私が誰なのか知ってて言ってるの?」
「お前はコールだ。オレはコウ。名前、案外似てるもんだな。まあそれでお前の性質はうかがい知れる」
「なによ、知った口ぶりして。私はあなたなんて知らないわ」
「オレを知らなくてもステラ、あの女を知ってるはずだ」
「ステラ? ああ、あの子。そんな名前だった気もするわね。なに、あの子になにか頼まれたの」
「まあそんな事情だよ。だからこうしてお前と面と向かって話さなきゃいけなくなった」
「授業中にわざわざご苦労なこと。そもそも、勘違いされるから話しかけないでくださる? 友だちじゃないんだから」
コウとかいう男子が急に立ち上がった。不覚にも私はびっくりしてしまった。
彼は高笑いをしてる。
「気にしなくていい。誰も気にはしない。オレとお前が話してる場面なんて、誰も見てやしない。ほら」
大げさに手を広げて周りを見るように促してくる。
私が見渡すと、まるでさっきの騒動がなかったみたいにみんな勤勉に授業を受けていた。
「これは。どういうことなの」
「オレがやった。この世界では『魔法』とでも呼ぶべきか。ここが魔法の学校なら、オレも魔法は使えて当然だからな」
「それにしたってこんな。こんな魔法、見たことない。あっさり簡単に。一人が起こす現象力にしても、強すぎるもの」
優秀な私でさえこれほど素早く、広範囲に、集中もせず魔法をかけるなんてできない。
この男子、何者なの。
「授業、聞いてなかったのか。強い繋がりがあるからだ。お前がよく知る娘と」
「まさかあのグズな子、ステラのことを言ってるの」
「あいつには願いがある。そして繋がって、頼みを聞かされた。オレは、聞いてしまったんだ」
編入生は残念そうな表情をしてから、鋭い目で私を見つめてニヤっとした。
「オレたちは“
叫んだ彼は急に私の肩を掴んできた。
女とは違う、男を感じる握力で。
「やだ、痛い、放し――」
次の瞬間、彼の瞳が黄色になった気がした。
すべて一瞬の出来事。
コウの顔が近づいて、
額が近づいて、
ゴッ――
という変な鈍い音が私の額から聞こえて、
視界が暗くなっていくのを感じた。
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