逢魔が時は金なり
棚に押し込まれた膨大な書物に圧倒される。
けど重厚な本の雰囲気と同じで図書室は静か。わたし以外は司書の女性しかいない。
ここの本は授業で使われる時以外は持ち出し禁止。よほどの物好きか研究家でないと図書室で書物を読もうなんて人もいないと思う。
わたしも図書室に来るのは二回目ぐらいだった。
どんな本があるのかもよくわからないから、ゆっくり歩きながら本の背表紙を次々眺めていく。
いい案だと思って訪れたものの、自分の頭では理解できそうにない本ばかりだった。
けどめげずに書物の間を進んでいく。
ふと、背後で本が落ちたような気がした。
振り返って見てみても、床に本は落ちてない。
音がした気がするのにと思ったけど、次の瞬間には目をそらしてチェックを再開した。
ゴトン――と音がした。
今度は黒い表紙の分厚い本が落ちていた。
不思議に感じながらも拾って棚に戻すと、なんとなくタイトルが目に入る。
『異界からの召喚』
難度が高そう。一見してそう思って気にとめなかった。
別の本を探そう。
――ゴトン。
「えっ?」
今度こそ不審感で声がでた。
床には、さっきの、棚に入れたばかりの黒い本。
なんで。
不気味さはあったが、本へ手を伸ばした。
導かれるようにパラパラとめくる。
すぐ自分のダメさを痛感した。
内容はタイトルの通り、異界からの存在をこちらの世界へ呼び出すというもの。
数々の方法が書かれていて、どれも高等な知識か魔力の才能が必要。
というより、わたしの頭ではその程度しか読み取れなかった。なにがなんだかわからないのが本音。
ため息をついてから、本を閉じようとする。
けど妙になにかが気になった。
直感的に最後のほうのページを開きたくなる。
気持ちのまま開くと、そのページには魔法陣の絵が記されてあった。
魔法円だけ。他は文章もなにもない。
「なんのための絵なんだろう」
口にした途端、わたしは考え始めた。
この魔法陣を実際描いてみたら、どうなるのかを。
本は持ち出せない。
だからちょうどいいような気もした。
絵をそのまま覚えればいいんだ。
物覚えが悪いわたしでもあんな魔法陣ぐらいは記憶できるんだから。
歩きながら次の展開を考えた。
どこで実行しようか。
まずペンがいる。
教室にいこう。
いっそノートの紙に描いちゃえ。
どこでなにに描けばいいだとか大きさはどれくらいだとか、一切わからないんだから。
すでに誰もいない教室で考えながら、置いてあった自分のノートを取りだした。
散々な目にあった筆記用具からペンも選ぶ。
「黒い魔法円だったから黒でいいよね」
紙に円を描いて、次はデザインを思い出す。
あれは他の魔方陣と比べると、変わった形をしてると思った。
炎の輪郭みたいな。
それが円の中に大きく、
けど覚えやすい。
簡単に描けた。
最後は真ん中に。
あれは鍵の、鍵穴に入れる部分のような、
文字の形にも似たそれを描き込む。
「できた」
簡単だ。
次は。
と考えてもここから先は見当もつかない。
なにをすればいいんだろう。
見当もつかないし考えても意味がないか。
こういうのは大体、お願いをすればいいんじゃないだろうか。
そもそも願いを叶えたくて探してたんだから、それしかないんだ。
召喚の魔法陣なんだから、向こうからなにかが来てもらえるように。
とりあえず両手を合わせて、まるでシスターみたいに心の中で願った。
ちゃんと呼び寄せるつもりでやったけど。
当然のようになにも起きはしなかった。
「まあこんなもんか」
わたしなんて、と言いかけて押しとどめてから、おトイレに行く。
もう帰るつもりでトイレから教室に戻ってきたのに、教室に入ったら考えがふき飛んだ。
わたしの目に飛び込んできたのは、誰もいない教室にある教卓の上、
教卓の上の――そこに、男性が座ってる。
歳は同じぐらい、黒髪の少年。
クラスメイトじゃないのはすぐわかった。
そもそも学院の生徒かどうかも怪しい。
だって少年の格好は変わっていて、
「よう、遅かったな」
「へあっ」
変な声がでた。
異国の学院の制服みたいな奇妙な格好をした少年が、わたしを待ってたみたいに話しかけてきたんだから。
「なーに変な声だしてんだ。お前だろう」
変な声って。そのとおりだったけど言われて心臓が跳ねた。
「え、あの、あなたは」
「お前がオレを呼んだ」
一瞬なんのことかわからなかった。
「お前。その表情。これは面倒くさいやつだな」
少年の前髪は長くて目元が見えないけど、口元は苦笑いで言葉どおりだった。
彼は右手で頭を
「魔法陣。あれのせいでオレは今ここにいる。正確にはこの世界に存在している、と言ったほうがいいか。もちろんオレの本意じゃないが」
黒い前髪をいじりながらも話している、多分わたしに向かって。
「繋がりができたんだ。こちらのエネルギーと呼応した。まあ出所はお前だ。お前のせいでオレはこの世界に存在しなきゃいけない」
なんのつもりだろう、少年は右手の中指を立てて見せつけてくる。
「だが来たからには従おう。忠実でなければオレは消えることができないんだから」
「それって」
「なんだ? さっさと口にしろ」
「わたしのお願いを叶えてくれるの? ううん、叶えにきてくれた」
「まあ、そういう話になる」
よくはわからないしわたしの理解の範疇を超えてる。けど召喚は成功したんだ。
この奇妙な少年が、願いを叶える役割を担っている何者か、なのかな。
「お前の願いが叶うかどうかは、お前の執念にかかってる。一応言っとくが、お前のエネルギーによってオレの働きも違ってくるからだ」
また右手の中指を立てて突きだしてくる。キレのいい動きで三回も。
なんなんだろう。
「――ところでお前、名前は。早く教えろ、不便なんだよ」
「わた、わたしの名前は、ステラ・ボウだよ」
「ステラ・ボウねぇ。この糞みたいな世界の形態、大体察しはついたが」
「あの」
「なんだ。言いたいことがあるなら早く言え」
当然こっちも不便だから聞きたい。
「あなたの、お名前は?」
「オレの名前か。そうだなぁ」
彼は思案を見せてから、長い前髪を右手で掻き上げた。
目とおでこがあらわになる。
思ったよりずっと鋭い目。
なにかを捉えた力強い視線が、わたしのほうへ。
「コウだ。お前はこれから、コウと呼べ」
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