悪役令嬢ほどよく眠る

アンデッド

序章『黒のプリンス』

ダブル令嬢はかく語りき




 私はグズが嫌いだ。

 もう一度言う。

 この私コールレイン・ワールシュタインはグズが大嫌いなのだ。


 グズとは、今この目の前にいる生き物のことだ。

 ヴェルシュタット魔法学院の学用品を廊下の床にぶちまけて、おろおろと必死でかき集めている下等な存在。

 まるでグズの国から悲劇の女王の娘が生まれてきてすくすくと育ち「悲劇の神に愛されている伝説の悲劇のヒロインです。運命に導かれて悲劇をやっております」とでも言っているかのような女だ。

 上目遣いで私の様子をちらちらとうかがってもくる。だから余計にもっとイライラしてくる。

 さっさと拾ってさっさと立ち去ればよいものをなぜそうしないのか。

 トロいのかしら、おつむが。

 そうよ頭がトロいのよ。そうに違いない。でなければ拾うのがこんなにスローなはずないもの。

 このと違って、学業が優秀なわけでも運動が秀でてるわけでも、ましてや魔法の才能があるでもない。

 見た目だけ小綺麗ですべてが並み以下ッ。

 なのにここにいる。なぜいるのあなたは。

 いいえ、理由はわかってるわ。

 父親が財閥の大物。この女が大物の娘でなければ絶対ありえない光景。しかも私の父ともビジネスで繋がっている間柄だ。

 コネだ。そう、コネなの。しょうもないコネ入学ッ。

 ますます私の神経を逆なでしていく。

 だが私はこいつみたいな人間ではない。グズ女を見下ろしてホッと胸をなでおろす。

 学業も、運動も、魔法も、すべてトップクラス。すべて勝ってるのよ。

 なでおろした胸の大きささえ勝ってるんだから。ううん、スタイルすべてでね。

 家柄もエリート。その一点、この女の父親が私の父と同程度のポジションにいる。それだけが同等。

 いいえ気にしてはダメ。親は親、私は私。グズはグズ、その親は親。別々なの。

 私はコネ入学ではないんだから。


「レインさんすみません……」

「ワールシュタインと呼びなさいよ、なによ軽々しく名前で。しかも略称」

「ごめんなさい! ワールシュタインさん、ではわたしは失礼します」

「ちょっと、まだ一つ落ちてる」


 ほんとにバカなの。あれだけ拾っておきながらまだ筆箱が落ちてる。よりにもよって筆箱が。

 筆箱がなかったら授業が受けられないじゃないのよ。いい笑い者だわ。

 まあ笑い者でいいんだけれど。


「あの、筆箱を踏んでます」

「あら、見えなかったわ、あまりに存在感がない筆箱で」


 少し爪先を上げてやると、これまたおどおどとゆっくり手を伸ばしてきた。

 この瞬間、顔を蹴り上げてやりたい!

 私の美脚と脚力なら綺麗にキックが入るだろうと想像する。

 けどそれはあからさま過ぎてできない。学院での私の評判を落とすし父のビジネス関係にもヒビが入る。

 あーイライラするわ。


「ありがとうございます、すみませんでした」

「さっさと教室に行きなさいよ」


 グズは一礼すると廊下をひょこひょこと駆けていった。走り方もまた変な格好なんだからイラついてくる。

 頭も体もノロマの塊ね。

 塊が向かった先の教室には、私の婚約者のハインがいる。

 そう、ハインはよりにもよってあのグズとクラスが同じ。

 あんな女が平気でハインと同じ空間にいて同じ空気を吸ってるのも気にいらない。

 私にとってハインはなによりも大事な心のよりどころなのだから。

 学院の生徒たちが裏で私を『氷の微笑』と呼んでるのは知ってる。

 男子よりも優秀な高嶺の花で、自然と対応もそういう印象を与えるに違いない。

 女らしくない、そんなふうに受け止められるのはしゃくだけれどしょせん表面だけ。人の噂なんて無価値よ。

 本当の私を知ってるのはハイン。私の中の女の部分を認めてくれて、私に感じさせてくれる。

 ハインがいなければ私は本当に『氷の微笑』になってしまう。

 ああハイン、今日も早く会いたい。学業が終わったらまた会える。元気がでて学院でも頑張れるんだから。


 彼のクラスメイトのグズ女、照れたような顔がまた頭の中で横切った。はらわたが煮えくり返る。

 今度廊下ですれ違ったら、さっきより強く肩をぶつけてやろう。

 またマヌケが学用品を床にぶちまけたら「あら邪魔ね」と言ってすべての学用品を踏みぬいてやるわ。

 あー、考えただけでスッキリしてくる。

 実際にやったらもっと爽やかな気分でいられるのに。



  *



 わたし、ステラ・ボウはなにをしても上手くいかない。

 授業中でも、さっきあった出来事をきっかけに考えこんでいた。

 お父さんのすすめでせっかくヴェルシュタット魔法学院に入っても、上手くいかないことばかり。

 こうやって考え込んで授業の内容が頭に入らなくなるのもわたしの欠点だ。

 そもそも魔法の才能もないのに魔法学院なんて。お父さんが学院の理事長と仲がいいから。

 さっきもコールレインさんにまた辛く当たられた。あの人はやたらわたしに当たってくるけど、多分わたしの言動にイライラしてるんだろう。

 彼女はわたしと違ってなにもかも上手い。

 だから羨ましかったし、尊敬さえしてる。あの人のように上手くこなせたらどれだけいいか。

 わたしと同じ教室にはコールレインさんの婚約者ハイン・ストラウスさんがいる。

 金髪で白い肌に黒く深い瞳。容姿端麗で学業も運動も、そして魔法も優秀。家柄もエリートなんだからすべて揃ってる。

 女の子にもすごく人気があるけど、ハインさんには誰も近づかない。

 すでにコールレインさんというお相手がいるからだ。

 彼女もブロンドだから、これほどしっくりくる金髪の二人はいない。学院一番のお似合いカップル。

 髪が栗色のわたしとは百倍ぐらいかけ離れてる。遠い所にいる気がするし、そもそも能力がぜんぜん違いすぎる。

 はぁ、とため息をつきながら顔を伏せる。

 仕方ないんだ、彼女に少しぐらいイジメられても。わたしがグズでノロマなんだから。

 どうすれば少しは上手くいくようになるんだろう。

 せめて多少は自信がついて、ハインさんやコールレインさんと軽くお話しができるようになりたい。

 はぁ。魔法書の授業を聞きながら、自分のため息が嫌になった。

 だから教師の声に耳を傾けた。すると、ものすごい閃きを感じた。

 そう、こういう時のために魔法ってあるんだよ。

 そうよ、図書室へいって本で調べてみよう。きっとなにか役に立つ魔法書があるはず。

 わたしでも扱えるような魔法が。

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