新説! 桃太郎伝

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新説! 桃太郎伝

 桃太郎が鬼どもと手を組んだ!


 物見からもたらされた報告に村中は震撼した。

「あやつめ、育ててもらった恩を忘れ、欲に溺れたか!」

 婆はほとんど抜け落ちた歯で歯ぎしりした。

「太郎の狙いははじめから財宝であったと……」

 爺はいっそう老け込んだ様子である。

 が、白くなりかけた瞳に黒い闘志が湧き上がっているのを村人たちは見てとった。

「村の若い衆を集めて討伐隊を組もう! 相手は子どもにイヌ、サル、キジ。恐るるに足らんわ!」

「おう! わしらが力、見せつけてやろうぞ!」

 農具を手に村人たちは叫んだ。

「しかしのう、あやつは田吾さんとこの婆さんがこしらえたきびだんごを持っておる。迂闊うかつに飛び込むは危険ぞ」

「婆さんや。あんた、きびだんごをいくつこさえたね?」

「あれでもかわいい息子じゃ。不自由のないようにと、たんとこしらえてしもうた」

「うむぅ……田吾婆さんのきびだんごはひとたび口にすれば、獣もなつく霊薬じゃからのう」

「よし、まだときはある。婆さん、若いもんらのために腕を振るってくれんか?」

「村のためじゃ。この命を削ってでも!」


 それから村人たちは忙しく動き回った。

 村中から若い者たちが結集し、戦いの訓練に明け暮れた。

 手にするのはくわすき、鎌などの農具ばかり。

 戦いには使えるが武器としては心許ない。

 この時代、農民の帯刀は禁止されている。

 そこで彼らは農具に細工を施すことにした。

 先端をより鋭利にし、柄を長くして敵との間合いをとれるようにしたものだ。

 相手は鬼に、獣を使役する武士である。

 律に触れぬよう、且つ武具として用を成す農具の改良は妙案だった。



 一方。

 年寄りたちは蓄えを出し合い、軽舸けいかを数艘そろえた。

 鬼ヶ島までの便など出ていないため、渡航手段は自前となる。

 桃太郎は近くの船頭に金を払い、小舟を借用して鬼ヶ島に渡ったという。

 つまりその小舟は今も向こうの手にある。

 さらに斥候うかみの報せによれば、鬼たちも相当な造船技術を持っているらしい。

 ならば桃太郎と手を組んだ鬼が攻めてくるは必至。

 かつて家産を奪われ、恨みを募らせる近隣の村や都の同志の力も借り、彼らは蜂起の準備を着々と進めた。





 ――秋の訪れを感じはじめる頃。

 村の入り口には三百人を超える老若男女が集まった。

「いよいよ刻がきた!」

「わしらは昼夜を分かたず努め、磨き、備えてきた。それもすべてこの日のためじゃ」

 田舎訛いなかなまりの決起の声が山彦となってこだまする。

 若い者たちは日頃の農作業や狩猟よりもはるかに過酷な教練を積んできただけあって、実にたくましくなった。

 老翁老婆も腰を曲げて杖をついていたのも、今は昔。

 総力を挙げて鬼に挑むと決まってからは矍鑠かくしゃくとしている。

「田吾婆さんにはきびだんごをたんとこさえてもうとる。道中、これを食って元気になるとええ」

 男たちは腰袋にきびだんごを詰められるだけ詰めた。

「わしらの育て方が間違うとった。子の不始末は親の責任じゃ。しかしわしらにゃ戦う力はあらん」

 他の村人とは対照的に、この数週間で爺はすっかり瘦せ衰えてしまった。

 やはり桃太郎の離反が堪えたのであろう、と周囲は心配した。

「川上から流れてきた桃に入っておった子じゃ。天の子と思うておったが、あれは鬼の策略であったのかもしれん」

「爺さん……」

 男たちは小さく、しかししっかりとうなづいた。

「若いもんには迷惑をかけるが……我が子の過ちを正してやってはくれんか……」

「まかせておいてくれよ、爺さん。おれたちが鬼に負けねえってこと、示してやらあ。なあ、みんな!?」

「おう!」

 彼らは武器を天高く持ち上げた。

「無事を祈る。あんたらが帰ってきたときのためにうまい飯を用意して待っとるぞ」

 村の老女たちがほほ笑む。

「兄ちゃん! 勝って帰ってきてね!」

「お土産たのしみにしてる!」

 童たちは両手を振って村の勇者たちを送り出した。

「まかせとけ!」

「村長。おれらが不在の間、村のことはたのんだぜ」

「ああ、もちろんだとも。お前たちも……気をつけてな」 

 割れんばかりの声援を受け、勇猛果敢な男たちは出立した。





 鬼ヶ島の深部では会議が行われていた。

 彼らの居城は外からは山をくり抜いただけにしか見えないが、内部は人間が造る城のように機能的で、そして堅牢だった。

「申し上げます。村の若い者たちが決起したようです。およそ四〇人の一団がこちらに向かっているとのことです」

 赤鬼が真っ青な顔で駆け込んできた。

「思ったよりも早かったな」

 総大将の鬼はため息まじりに言った。

 飾ることを知らないのが彼らである。

 鬼族を束ねる総大将でありながら、この人一倍の巨体の格好はそこらにいる鬼と変わらない。

「しかし四〇人だと? 攻め込むにしては少なすぎやしませんか?」

 側近たちはいぶかしんだ。

「我らを侮っているのやもしれませぬ。物事を見誤るのは人間の悲しきさがでありましょう」

 その時、別の斥候がやってきた。

「申し上げます! 消息筋からの報せによると、複数の河岸に軍船および軽舸を確認したもようです! その数、少なくとも二隻八艘!」

「うむむ、先ほどの報は陽動かもしれん。それにしても、それだけの戦力をどのようにして……?」

 側近たちの視線は総大将に注がれた。

「…………」

 総大将の目は――静かにきびだんごを食べている桃太郎に向けられている。

「あの村にはそんなお金も人も技術もありません。おそらく都の人々の支援を得たのでしょう」

 桃太郎は茶を飲みながら言った。

「片田舎の村と華やかな都とでは住む世界がちがうと思っていましたが、こうして手を取り合うこともあるのですね」

 にこりと笑み、イヌの頭をなでる。

 サルとキジは外に出て哨戒にあたっている。

「どうする、桃太郎さん。予定どおりに進めるのか?」

 そう問う総大将の手はすでに金棒をつかんでいた。

「少し早いですが問題ないでしょう。皆さんは打ち合わせどおり、適当に相手をしてください。くれぐれも彼らを傷つけないように」

「我々は応戦しつつ、ゆるゆると退けばよいのですな?」

「はい。一進一退を演じてくださればけっこうです。頃合いを見計らい、ぼくが両勢の間に立ちます」

 桃太郎は刀を手に立ち上がった。



 

「そら! 一番乗りだ!」

 武具を手に、彼らはついに上陸した。

 鬼ヶ島はほぼ中央に根城が巍峨ぎがとしてそびえ立っている。

 それを取り囲むようにまばらに樹木が生えている以外は、この島には目立つものはない。

 つまり人間からも鬼からも、相手の状況は筒抜けである。

「来たぞ! 人間どもだ!」

 すでに配置についていた数体の鬼が、金棒やほこをかまえて戦闘態勢をとった。

 禍々しく、そして凶暴そうな風貌である。

 男たちはさすがに鬼を間近に見てたじろいだ。

 植えつけられてきた恐怖が芽生えたのだ。

 鬼は凶暴で、獰猛で、人を食う恐ろしい生き物だと。

 村の者も都の者も、先祖代々そう教えられてきた。

「ひるむな! きびだんごだ! 田吾婆さんのきびだんごを食え!」

 彼らは腰袋から取り出したきびだんごを口に放り込んだ。

 ひかえめな甘さにほのかな香ばしさが口いっぱいに広がる。

 やわらかな食感と、舌にわずかにまとわりつくようなザラつき。

「おお! 力がみなぎるようだ!」

 男たちは体がじわりと熱くなるのを感じた。

「さすが、婆さんのきびだんごじゃ。これなら鬼など敵ではないわ」

 村人が霊薬と呼んだように、このきびだんごには精神に作用する不思議な効能がある。

 人間が食べると一種の興奮状態となり、恐怖心が消え去るのだ。

 同時に万能感で満たされ、征服欲に取りつかれるため、今の男たちには鬼が取るに足りない虫けらに見えている。

 俄然がぜん、勢いを増した人間に鬼たちは一瞬ひるんだが、彼らもまた戦いの訓練を受けている。

「出合え! 出合え! 人間どもを食い止めよ!」

 両勢は激しく打ち合った。

 鬼を相手に若い衆は一歩も退かない。

「うぬぬ、こしゃくな!」

 互角の勝負を演じつつ、鬼たちはじりじりと後退する。

 その勢いに乗って男たちはさらに攻め込む。

「おまちください!」

 そこに桃太郎が割って入った。

「おお、桃太郎! おれたちを裏切りやがって!」

「どうかぼくの話を聞いてください!」

「なにを聞くことがある。お前は村を捨てて鬼たちに味方したのだ」

「理由があったのです! すべてお話しします! 戦うのをやめてください!」

 桃太郎が合図をすると、鬼たちは武装を解いた。

 突然の展開に男たちも毒気を抜かれたように武具をおろす。

 だが闘志はえておらず、妙な動きがあればすぐに応戦するかまえである。

「なんのつもりだ、裏切り者が」

「ぼくは裏切ってなどいません。おじい様もおばあ様も、ぼくを大切に育ててくださいました。その恩に報いずにどうして背けましょうか」

「ではなぜ鬼と手を組んだ。鬼を退治して奪われた宝を取り返す……そう言って旅立ったではないか」

「それはワシから話そう」

 地響きとともに総大将が姿を現した。

 周りの鬼たちが膝をついて頭を垂れる。

「ワシらは人間から財宝を奪ったが、それは真の目的ではない。手もつけておらん。今すぐにでも返そう」

「なんだと?」

「ワシらの狙いはお前たち人間と手を組むことだ」

「馬鹿言うな。手を組みたい相手からものを盗むのか」

「桃太郎! こんな輩に丸め込まれたのか」

 総大将は異心がないことを示すために部下に命じて宝を持ってこさせた。

 盗まれたそれらは傷ひとつついておらず、それどころかしっかり手入れされていたらしく、元よりも輝いている。

「宝だ……おれらの宝だ。返してくれるというのか?」

「お前たち人間は容姿が違うという理由でワシらを恐れ、迫害した。言い分も聞こうとせずにだ」

「…………」

「やがて悪声が広まった。鬼は人を喰らうだの、村を滅ぼすだのと無根の噂が飛び交った。ワシらはその噂に従ったまでよ」

「いや、まてよ。俺たちゃおっ母やじっちゃんからそう教えられてきたんだ。鬼は恐ろしい生き物だと」

「それが誤りなのだ。ワシらはもともと、山や島で静かに暮らしておった」

 桃太郎が男たちの前に進み出た。

「ぼくも村での話を信じ、鬼退治に出かけました。しかし鬼にも言い分があると分かり、あえて鬼ヶ島に留まったのです」

 彼らは困惑したように顔を見合わせた。

「ぼくが裏切ったと言いましたが、それも同じことです。真実を確かめず、憶測が事実であるかのように語られる。それは恐ろしいことです」

 桃太郎は伏し目がちに言ったが、すぐに顔を上げた。

「しかし今日、あなたたちは鬼ヶ島にきました。風聞の鬼に恐れていただけの村の人たちが立ち上がった……ぼくたちはそれを待っていたのです」

 刀を収めた桃太郎はにこりと笑んだ。

「桃太郎さんに経緯を告げると、ワシらと人間のかけ橋になると言ってくれたのだ。彼はまことの武士。断じてお前たちを裏切ってなどおらん」

 それを聞き、男たちは武器を投げ捨てた。

 もはや争う意思はなく、戦う気力はなく、呆然と立ち尽くすほかない。

「そうとは知らず、おれたちは鬼を忌み嫌っていたのか……」

 差し出された宝を見れば、鬼が偽りを述べていないことは明らかだった。

「その勇気を讃えるとともに、改めて申し出る。ワシら鬼族は人間と手を結びたいのだ」

「おれたちと仲良くしたいって?」

「そうだ。だがそれはいつでもできる。時が迫っておるのだ。急がねばならない」

「どういうことだ?」

「危険が迫っているのです。いま、人間と鬼とが力を合わせなければ……ぼくたちは滅ぼされるかもしれません」

「物騒な話だな。いったい誰に滅ぼされるっていうんだ」

 桃太郎がちらと総大将を見やる。

「海の底深くにあるという竜宮城だ。乙姫が率いる軍勢が地上を支配せんと迫っている」

「それだけではありません。はるか天空の月にもその動きがあります。月人の間者かんじゃがすでに竹やぶに忍び込んでいるらしい、との報せもあります」

「するとおれたちゃ海と空から攻められるってワケか……」

 男たちはひそひそと何事かをささやきあった。

「どうする? 村長に相談するか?」

「いや、どうも時間がなさそうだ。それに事情を話せば長も納得するだろ」

「ああ、無駄に行き来してこじれるくらいなら……」

 やがて彼らは一度は捨てた武器を拾い上げると、天高く掲げた。

「話は分かった! そういう状況ならいがみ合ってる場合じゃねえ! 協力するぜ!」

「今まで悪かった。おれら、鬼は凶暴な奴だって教えられてきたんだ。危険だから近づくなってな」

「そのせいで見知りもしないのにあんたらを誤解しちまってたみたいだ。桃太郎にも悪いことをしたよ」

 殺気だった雰囲気は一転、和やかな空気へと変わった。

「やったな、桃太郎さん」

「はい」

 桃太郎と総大将は悪手を交わした。





 その後、友好の証として双方は金銀珠玉を贈り合った。

 都では盛大に宴が催され、人も鬼も、この歴史的な和解に欣快(きんかい)の声をあげた。

 桃太郎は和平の使者としておおいに称賛された。

 こうして人間と鬼はいつまでも仲良く、幸せに暮らしましたとさ。



 めでたし めでたし

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